演劇最強論-ing

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【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2016/8)― 黒田育世新作公演『きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている』

ひとつだけ

2016.08.4


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
   
2016年8月 徳永京子の“ひとつだけ” 黒田育世新作公演『きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている』
2016/8/16[火]~8/17[水] MUSICASA(ムジカーザ)

kichintotattemassugu

 8月は観られる舞台がかなり限られてしまう。11日から18日まで藤原さんと私とで、国際交流基金のサポートで「演劇最強論in中国」という少しくすぐったい名前が付いた旅に出るからだ。たかだか1週間の不在で「かなり」とは大げさだと思われるかもしれないが、私が8月に観たい舞台トップ3がこの週に集中しているので、感情の質量的にはちっとも大げさではない。それにしても、お盆休みのこの時期って、いつもこんなに公演が集中していた?

 その3本は、チーム夜営2年ぶりの新作『衛星の兄弟』(11〜13日@のげシャーレ)、ロロの三浦直之がいわき総合高校15期生とつくる『魔法』(13、14日@いわき芸術文化振興館アリオス)、黒田育世の新作『きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている』(16、17日@MUSICASA)。こうしてタイトルを書いていても、後ろ髪を引かれまくっている。
 こういう状況で「ひとつだけ」を進める選択肢はふたつあって、ひとつは、リコメンドする責任を全うすべく、自分が観られる公演から選ぶ。もうひとつは、自分の目で確認はできないけれど「観たい=観てほしい」という気持ちを優先する。これまで、このコーナーでお薦めした作品は絶対に観ると決めてやってきたので、ものすごく悩んだのだけれど、従来であれば前者で行くところを今回はエモーションに従うことにした(いつもエモーションを優先させているけれども)。

 そして選んだのは『きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている』。
 遅れてきた黒田ファンであり、今も上演すべてを追いかけきれていない私ではあるけれども、黒田の踊りを観た時にだけ揺さぶられる場所が体だか頭だかにあって、その感覚がとても貴重なものであることは理解している。
 とりわけその揺れが強く残っているのは、黒田率いるBATIKの『落ち合っている』(14年)で、初日を飾った黒田とBATIKメンバーの大江麻美子の、身も心も削って、削ったものも残った骨も差し出すような踊りは、その年に観たすべての舞台を抜いてナンバーワンだった。
 黒田の踊りの激しさは「観ているほうがつらくなる」と言われることがあるけれど、自分を追い詰めたり痛めつけたりするパフォーマンスが観客にもたらす痛々しさ、肯定せざるを得ない必死さとは明らかに一線を画す。その手のパフォーマーには──たとえ本人は無意識でも──、自らを虐げることで自分を観客より下に置いたり上に立ったりすることがあるが、黒田の踊りにある方向は前だけ。それがわかったのが『落ち合っている』、厳密にいえば黒田と大江の回で(『落ち合っている』はふたりのダンサーによる作品で、全回出演するのは黒田のみ、毎回BATIKの異なるメンバーがパートナーになる内容だった)、私は大江を見ながら「この人は黒田に、退路を断ちながら踊ることを教えられたのだな」と感じた。黒田の踊りの厳しさ、美しさ、刺さる深さの理由を、ともに踊る弟子(という言い方が本人達の本意に添うかどうかは別として)を通して得心したのだ。
 ただ、身も心も削って、削ったものも残った骨もすべて差し出すような踊りは、どんなダンサーも長く続けることはできない。それは誰よりも黒田自身がよく知っていて、だからこそ、過去に彼女が踊ってきた作品をメンバーが踊る「トライアル」シリーズを始めたのだろうし、『落ち合っている』がメンバーと1対1で踊ったのも一子相伝のようなものだったのだと思う。

 『きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている』も、やはり出演はふたり。だか黒田と踊る関なみこは10歳(呼び捨てにするのが申し訳ない気持ちになる……)。チラシには「踊り続けることが決まったのは、確かこの子くらいの歳で」とあり、さらに「ふたりできちんと立って前へ歩く夢。この子と当たり前に祝祭を踊る夢。」ともある。過酷な踊りを通過した生の肯定から、よろこびを前提にした踊り以前の動きの探求へと、黒田が伝えようとしていること、その伝え方が変化しているのがわかる。さらに、いつもの音楽のパートナーであるギタリスト・松本じろは原曲提供で、鈴木優人によるピアノ演奏が音楽という点にも変化があるから、節目の作品になるかもしれない。
 けれども、どんなにテーマが柔らかく、動きが優しくなったとしても、彼女がつくる踊りは厳しく、美しく、深く刺さるものであることは変わらない。自分が観られないのに「その確信がある」なんて書くのは無責任だけれども、でもやっぱり、確信がある。観られる人、いいなぁ。


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