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【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2017/02)― コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』

ひとつだけ

2017.02.14


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
   
2017年02月 徳永京子の“ひとつだけ”コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』
2017/2/18[土]~3/12[日] 東京・東京芸術劇場 シアターウエスト

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(c)平岩享


 たぶん少なくない人が気付いていることだけど、岩井秀人には特殊能力が備わっている。おもしろい脚本を書けるとか、演出や演技がうまいということではなく(それも特殊能力なのかもしれないが)、人間の心の弱い部分に対するセンサーが、世の中の多くの人とまったく違う。それが彼に何作もの“観る人に1対1で届いてしまう”作品をつくらせているわけだが、その力は年々、広く発揮されるようになっている。

 ハイバイの公演として昨年末に上演された『ワレワレのモロモロ』が適例だが、個人の身に起きたひどい、あるいはつらい経験を、次々と笑える演劇にする──この一連の作業を“演出”と呼ぶのなら──演出力は、ちょっと並外れている。スキル的には、これまで全国各地でおこなってきた、自分が経験したひどいことを参加者に話してもらい、それをみんなで演劇にするというワークショップの経験値がベースになっているが、さらにそのベースにあるのは岩井の、前述のセンサーに他ならない。発見が格段に早く、解析が細かく正確で、対応が冷静、そして温存療法的な対処を取るのである。

 このセンサーが“弱った心”だけでなく“弱い人”にも有効だと知ったのは『なむはむだはむ』のために開催された子どもとのワークショップだった。
 弱い人とはすなわち「感じていること、考えていることを、相応の言葉に置き換えて周囲に伝えられない人」を指す。子どもは当然、その最もボリューミーなゾーンを占める存在だ。「子どもが考えた物語を、大人が演劇にする」というアイデアに岩井が反応したのは当然だったのかもしれない。
 私は2回しか見学できなかったが、この時の岩井の立ち居振る舞いに目を見張った。関係のない話を大声で言い続けている子、大人の説明にいちいちツッコミを入れる子、それにつられる子、それを注意する子、小さな声で何かを言っている子、視線を合わせようとし続ける子、目を合わせられない子。つまり、その場に適切で相応な言葉を持たない人ばかりが混在する現場で、岩井は混乱を受け止め、困り、困ったことを伝え、自分も主張し、あっという間に彼らの仲間になってしまったのだ。
 何か特別なことを言ったりしたりしたわけではない。「えー、僕のことは岩どんと呼んでください」という自己紹介のあとは、有象無象の言葉たちを取捨選択する、ほとんどそのセンスだけだったように思う。

 後日、森山未來は「岩井さんと子どもとの距離感を創作のスタート地点にすればいいと思った」といった話をしてくれたが、極めて優れたプロデューサー能力と野生の勘を持つ森山がそう確信できるほどの光景が、そこにあった。興味深いのは、私がすごいと感じた岩井のスタートダッシュは、本人にとってはわりとすぐに「整理しなければ」という固定観念にとらわれてしまったそうで、それを蘇生させてくれたのは、途中から参加することになった「岩井さん、子どもたちの出してきた言葉、ヤバいっすね!」と興奮した前野健太だったこと。岩井が森山に声をかけ、森山が前野を誘い、前野が救ってできた三角関係がおもしろい。(参考インタビュー こちらから

 1月21日に城崎アートセンターで『なむはむだはむ』の成果発表上演を観た。想像をはるかに超え、前野が踊り、演じ、岩井が歌い、踊り、森山は惜しむことなく身体を使いまくっていた。そこで気付かされたのは、私が岩井に感じていた前述のセンサーが、少しずつ異なる形ではあるけれど、森山にも前野にも備わっていて、言葉にならないことを極めて精緻に、濃密に、自由に、音楽や動きに変換しているということだった。それは当然、相応な言葉を使える人に、言葉に変換したことで切り捨てるものがあること、その豊かさを教えてくれる。
 さて、あれからさらに取捨選択が繰り返された完成版はどういう形になったのか。おそらく簡単に「演劇」とは言えない、何かの「始まり」ではないかと予想する。楽しみだ。


≫ コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』 公演情報は コチラ

ハイバイ

2003年に主宰の岩井秀人を中心に結成。相次いで向田邦子賞と 岸田國士戯曲賞を受けた岩井が描く、ありえそうでありえないそんな世界を、永井若葉・川面千晶・鄭 亜美・長友郁真といった外部公演でも評価の高いクセ者たちのおかげで「ありそうだぞ、いやこれが世界そのものだ」って思わせちゃうのがハイバイ。 代表作は 「ヒッキー・カンクーントルネード」「ヒッキー・ソトニデテミターノ」「て」「夫婦」「ある女」「おとこたち」。★公式サイトはこちら★