演劇最強論-ing

徳永京子&藤原ちから×ローソンチケットがお届けする小劇場応援サイト

新・演劇放浪記 第2回 ゲスト:三浦 基(地点)

新・演劇放浪記

2015.10.11


新たな才能を次々と輩出してきた「小劇場演劇」が、たぶん今、何度目かの変革期を迎えている。その変化は現在どのような形で現れているのか。そして未来の演劇はどうなっていくのか?
国内外に散らばる演劇の現場の最前線。その各地で活躍する人たちを藤原ちからが訪ね、インタビューと対話を重ねていくシリーズ「新・演劇放浪記」。

* * *

2015年6月のこと。劇団・地点の公演『ファッツァー』に帯同・視察するために、北京に飛んだ。日本の国際交流基金が主催し、北京の南鑼鼓巷演劇祭に招聘された公演である。

劇団・地点は、京都を拠点に活動している。横浜のKAATでも毎年公演を行っているほか、F/T(フェスティバル/トーキョー)にもたびたび参加。さらにロシアでのチェーホフ上演、イギリスでのシェイクスピア上演等々、世界各地で活躍している。中国での公演は、今回が初めて。

地点の俳優たちは、〈地点語〉と呼ばれる、特殊な文節とイントネーションを持った発話を得意としている。その違和感が際立つために、彼らのことを、「変わった方法論の劇団」と見なす人もきっと多いだろう。実際そうとも言える。だいぶ風変わりなのは間違いない。

しかし1週間の北京滞在で抱いたのは、それとはずいぶん違う印象だった。最終日、空港に向かうバスの中で、地点の主宰・演出家である、三浦基に話を聞いた。
(2015.06.08収録)

image001

▼若者たちが支持するインディペンデントな劇場

──この1週間の滞在を振り返ってみていかがでしたか?

蓬蒿(ポンハオ)劇場(※)が連日満員にしてくれたってことは大きいね。結局、劇場にお客さんがついてるってことだよね。びっくりした。大したもんだなと。お客さんがアンダースロー(京都にある地点のアトリエ)に来てくれてびっくりするのと似てるんだけど。同じようなことが、北京のど真ん中の、旧市街が残っている雰囲気の町でも起きている。ああいうインディペンデントの劇場は北京ではほとんどないだろうけど、少々驚いたね。

(※)蓬蒿劇場は、歯科医師でもある王翔が私費を投じて運営している、北京では珍しい個人劇場。観光地・南鑼鼓巷の路地の一角にある。客席数は100に満たないほどの小劇場だが、カフェ、図書スペース、ギャラリー、屋上などが併設され、かなりオシャレな内装。若い観客が多い。

06 09

──北京では小劇場シーンのようなものはないらしいし、その中にあって、蓬蒿劇場はかなり特殊な場所なんでしょうね。

フェスティバル(南鑼鼓巷演劇祭)が6回も続くこと自体、稀らしいから。北京はベンチャー企業でも3年もたないから、6回も続くのは驚異的なことだと聞きました。

──観客のほとんどは20代でした。その観客やワークショップの参加者については、どう感じましたか?

熱心に観てるね。集中力がある。一方で、意外と個人主義なんだなと思った。(上演中に)スマホで撮ったりするじゃん。自分勝手っていうか。気を使わないというか、他人のことを無視してもいいんだ、っていうあの感じはけっこうスッキリして好きだな(笑)。

24_00 45

──開演前のアナウンスで、盗撮禁止にしてもどうせ無駄だから、「どうしても撮りたい人はフラッシュを焚かないでください」って言わざるをえないという(笑)。恥ずかしながら、事前に抱いていた北京のイメージって、「自由が制限されて窮屈」みたいなものだったんですけど、行ってみたらむしろ奔放さのほうが目立ったという印象です。

とはいえやっぱり、どこかで押さえつけられてる印象も持ったけどね。共産党独裁の圧倒的な絶対性というのは、若い人も感じてるんだろうなと思った。日本でも(前の)自民党独裁だった時代は、政治のことを言うほうがダサいっていう雰囲気があったじゃない? あの頃に似ている気がする。発言を遠慮してるっていうよりは、お金もそれなりに手に入っているし、好きなことも意外とできるっていうね。もちろん当局の検閲はあって言論の自由は制限されてるんだけど、普通の若者にとっては少しぬるま湯的な状態なのかなとも思った。こういう言い方はアレだけど、アジア的なものも感じた。日本人みたいなノンキさもあるんだなと思って、発見だったね。

──アジア的というのは?

ヨーロッパも今はある程度はオタク化っていうか、外の世界をあんまり見ないっていう傾向は強まってきてはいるんだけど、まだもう少し「オトナの世界」ってのが残ってるんだよね。こっから先はオトナの世界だから、ガキはダメっていう。でも今回北京で感じたのは、スタッフも観客も若くて、つまりある程度、若者が活躍できてるってことなんだよね。ヨーロッパでは丁稚奉公とか研修生の制度があって一人前になるまでに時間がかかるし、若者なんて全然相手にされないってところも実はあるんです。それとは真逆な感じが北京にはあるんだと思う。

──若者たちが不満を抱えてるって感じでもないですよね。

そうそう、ないんだよね、不満が。

──例えば韓国だと競争社会の側面が強いみたいですけど、そういうギスギスした感じも案外なかったような。

韓国とか日本ってやっぱり小さい国だから、見えるんだよね、相手が。たとえ地方の出身でも、結局は東京とかソウルに集まっちゃうから、狭い範囲に密集してるんだよ。だけど中国は「どこ出身?」って訊いたら「3000キロ先から」とか「マイナス30度の場所から来ました」とかって話になるよね。同じ国といっても広すぎるから、相手を無視しても全然問題ない。パリで何国人っていう属性を無視していい感覚と似ているところがあるよね。だからこそ、「あなたはあなた、わたしはわたし」って線を引けてるんじゃないかな。北京そのものもデカいしね、道路も建物も。

14

▼残したインパクト

──初めての中国公演に『ファッツァー』を選んだ理由は?

ふたつあって、ひとつは(バンド・空間現代が生演奏で入っている)音楽劇だから、迫力がストレートに伝わるだろうと。文学性だけじゃなくてね。それともうひとつは、ロシアで『ファッツァー』を上演した時にすごくウケたんだよね。それまではチェーホフのようにあちらの人にも文脈が分かりやすい演目を持っていってたから、『ファッツァー』は少し心配もあったけど、ウケがよかった。だから社会主義とか共産圏の国の人には何かまた感じるものがあるんだろうな、ということはロシアで分かっていたんです。それで北京の中央戯劇学院の先生が京都のアンダースローまで観に来て、検閲が通るかどうかっていうのは一応監査したみたい。台本もお渡ししたんだけど、「問題ない。ブレヒトの時代劇として扱えば大丈夫。今は中国も自由ですよ」っていう話だったから、つまらない波風が立たないんだったらやってみようかと思ったんですね。

27 29

──波風が立たなかったかどうか……については微妙なとこもありましたけどね。(※詳しくは後述)

それは蓬蒿劇場自体が立ててる波だから(笑)。元々あの劇場でやるっていうのはそういうことで。彼ら(蓬蒿劇場)の考え方に添っていたという意味でも、北京に最初に持っていく演目としては成功したと思う。

──名刺代わりというか、かましてやった感はありましたね(笑)。ところで自分は滞在中、他に3つの舞台を観たんです。まず、日本の商業演劇に近いもの。それから、素朴なアマチュアリズムを取り込んだ、しかし内容的には中国の現状に対する鋭い風刺を含んだもの。そして、巨大な国立劇場で上演されたストレートプレイの時代劇。……もちろんこの3つだけで「中国の演劇はこうである」と判断することなんてできませんけど、自分の観測範囲では、『ファッツァー』の表現形態に関する洗練ぶりは際立つものがあった。だから逆に言えば、果たして北京の観客たちに『ファッツァー』を受け止めるリテラシーがどれだけあるのかどうか、どのような文脈が接続されうるのか、というのは最初は少し疑問でもあったんです。

あったと思うけどね。やっぱり「今まで観たことない!」って感覚で受け止められたのは客席からも感じたし、ある種のインパクトと動揺を与えたと思う。それは拍手を聞いてても分かるし、アフタートークでの質問も含めて、観客の反応は日本にいる時よりも分かりやすかったと思う。日本でもアンダースローでは観客のヴィヴィッドな反応は感じやすいから、違和感があったわけではないけど、とにかく届けられたという感じはしました。

41 43

──メディアの取材も受けていましたね。

ひとつは日本の新聞と同じく紋切り型な感じでしたね。もうひとつはネットで配信している若い記者で、これが情熱的で、いろいろ貪欲に訊いてきた。ああ、こういう若い人たちがネットを使って一生懸命やってるんだってことは感じましたね。

──ああ、たぶんその同じ人たちに自分も根掘り葉掘り訊かれましたよ。三浦基は平田オリザの影響をどのように受けているのか、『ファッツァー』は地点の代表作と考えていいのか、とか。俳優の内面に興味があるわけではないところはオリザさんと共通しているかもしれない……とか答えましたけど。

そうそう、そういう質問もあったし、日本の演劇のこともよく勉強してたね。

▼観客育成について

──京都に構えたアトリエ・アンダースローは、もう3年目ですか?

7月13日で丸2年になるから、3年目に突入ですね。すっごい昔のような気がするけど。去年・今年とカルチベートプログラムをできたことが、やっぱ大きいね。観客育成にもなってるし、劇団の宣伝にもなるし。去年のカルチベートプログラムは最終的にエッセイ集を刊行したことで、今まで地点を1回くらいしか観てない人にとっても、実は入門書になるという側面もあるのかもしれない。自分と同じ境遇の他の観客が、一生懸命、舞台を観察して考えてるんだ、ってことがどんどん浸透してるから。

under-throw
アンダースローにて、アフタートーク時の様子

──あの本はなんというか、新時代の到来を感じさせますね。「解放された観客」っていうのはこういうことを言うのかもしれない。書いている人たちが地点のファンではない感じなのもよかったです。けっこう辛辣な感想も言いながら、切り捨てるんじゃなくて、粘って自分の頭と言葉で考えようとしているのが伝わってきました。

いわゆるファンクラブとか会員制とはちょっと違うんだよね。カルチベートプログラム今年もやるから(2015年9月に終了)またいろんな展開が出てくるんだろうなって気はしてます。でも今みたいにアンダースローの演目が満員で売り切れが続くっていう状況は、さすがに予想してなかったんだよね。リピーターがさらに新しい人を連れてきてくれてるみたいだね。

──観客育成ということに関して言えば、今回北京で、5時間☓3日間のワークショップとレクチャーをやりましたよね。2003年の最初の『三人姉妹』から、2015年に新たに上演された『三人姉妹』までのあいだに、地点が劇団としてどういう試行をたどってきたのか、追体験できたような気がしています。ひとつの方法論でやってるわけじゃなくて、たぶん三浦さんが飽きっぽいのもあって(笑)、どんどん新しいチャレンジをしているということも体感できました。そう、体感できるっていうのがよかったんです。日本ではやらないんですか?

そうね……。カルチベートプログラムにわざわざ関東平野から駆けつけてくれる人たちもいるから、関東でやるのはアリかもしれない。俳優が絡む(デモンストレーションを行う)から良いところもあるし。

17_01 17_02

──そこから膨らませて、『おもしろければOKか?現代演劇考』(五柳書院)につづく演劇論を刊行してほしいとも思ったんですけど。そういう構想は?

いや実は新しい演劇論は書かなきゃいけないんだよ……。出版社からの依頼があって、書かなくちゃいけないんです。サンクトペテルブルグに1ヶ月籠っていいなら書けるんだけど(笑)。まあ、ちょこちょこ書くしかないんですけどね。

──余談ですけど、中国語では完全に「サンプーチー」(三浦基の中国語読み)って呼ばれてましたよね。「三浦基」じゃなくなるっていうのはどんな気分でした?

全然いいよ、サンプーチーのほうが言いやすい(笑)。ただ、共産党のスパイだと思われるかもしれないから三浦基のほうがいいかもしれない。

──それは笑えるような笑えない話ですね。……というところで空港に到着しました。また京都か関東かでお会いしましょう。ありがとうございました。

* * *

今回の北京滞在は、わたしにとっても中国本土への初上陸となり、刺激的な日々だった。詳しくは滞在日記に書いている。

前述したように、波風がないわけではなかった。例えば劇場でのトークの最中に、警官が視察にやってきた。劇場の消防関係の点検という名目だったが、彼は劇場の片隅に立ち、無表情な目で我々を見ていた。会場内には公然と政府を批判する人もいたので一瞬ひやりとしたのだが、特に何ごともなく終わることができた。こうした緊張感のある場面に、北京では何度か遭遇することになった。

言論の自由に関して、検閲があるのは確かである。しかし一方で、想像していた状態よりははるかに奔放であり、若者たちは意欲的に生きているように見える。芸術家や学生たちはしたたかに当局の目をかいくぐりつつ、逆に当局としては彼らを適度に泳がせることによって、この巨大な国家は保たれているのかもしれない。

もうひとつ特筆しておきたいのは、メディアで盛んに喧伝されてきた「反日感情」のようなものに遭遇する場面は一度もなかったということだ。演劇関係者がリベラルだったというだけでなく、町に出てどの店に行っても、温かく迎え入れてくれた。百聞は一見にしかずとはまさにその通りで、日本で受動的に手にする情報は、中国の現実のごく一部分しか映していないのだと思う。

サンプーチーこと三浦基は、北京をずいぶんお気に召したようである。わたしも好意を抱いた。もちろん異国に短期滞在するという高揚感もあったとは思う。ただ、北京にいるあいだ、不思議と身体にエネルギーが充ちている感じがしたのだった。そんな話をしたところ、三浦基は、「きっとそれはここが大陸だからだろう。すぐに海にぶちあたるわけじゃなくて、どこまでも、どこまでも、行けてしまうからな」と言った。

それを聞いてふとイメージしたのは、「地点」という劇団名のことである。淡白な名前なのに、なぜだか目を惹く。そして、あるひとつの場所を示す言葉なのに、ただひとつの場所に留まっているわけではない、と思えるのだった。

【写真提供:地点】

地点

 多様なテクストを用いて、言葉や身体、光・音、時間などさまざまな要素が重層的に関係する演劇独自の表現を生み出すために活動している。劇作家が演出を兼ねることが多い日本の現代演劇において、演出家が演出業に専念するスタイルが独特。  2005年、東京から京都へ移転。2006年に『るつぼ』でカイロ国際実験演劇祭ベスト・セノグラフィー賞を受賞。2007年より<地点によるチェーホフ四大戯曲連続上演>に取り組み、第三作『桜の園』では代表の三浦基が文化庁芸術祭新人賞を受賞した。チェーホフ2本立て作品をモスクワ・メイエルホリドセンターで上演、また、2012年にはロンドン・グローブ座からの招聘で初のシェイクスピア作品を成功させるなど、海外公演も行う。2013年、本拠地京都にアトリエ「アンダースロー」をオープン。(法人名:合同会社地点) ★公式サイトはこちら★