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この俳優、魅力的につき   第2回 青柳いづみ【後編】

この俳優、魅力的につき

2015.11.25


「演出家の時代」と言われて久しい。それを反映するかのように、演劇人へのまとまったインタビューは、圧倒的に演出家、劇作家が多い。しかし最近、俳優発信の企画が目に付くなど、刺激的な小劇場を形成する俳優の存在感が高まっている。観る演劇は基本的に演出家で選ぶ徳永京子が、その中核にいる、気になって仕方のない彼/彼女にじっくり話を聞く。

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第2回 青柳いづみ 【後編】
⇒前編はこちら

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上演の時間と空間に責任を持つ
覚悟みたいなものは持ってます。


―― 青柳さんにインタビューできたら絶対に聞きたいと思ってたことがひとつあって。青柳さん、オープニングにモノローグを言うことが多いけど、せりふを言いながら客席を、わかりやすい表現で言うと、催眠術にかけてるような気がするのね。せりふを言いながら会場の空気を、日常から劇の世界に変えていくというか、違うレベルの空気に浸していくというか。それは自覚してやってる?

北京でのインタビューで、最近、人間になったって話をしたじゃないですか。人間になる以前は、自覚してやってました。催眠術だとは思ってないけど、客席も全部コントロールする、できると思ってたから」

―― 今はどう?

「今はあんまり。藤田くんも最近は抑えろって言うし、あんまりしないようにしてますね。ただ、この上演の時間とこの空間に私が責任を持つ、覚悟、みたいなものははじめに舞台に上がった時や発語した時に持ってます。いきがらず、シンプルになったと言うか。でも『cocoon』の再演(今年)のときは、最初に目が合ったひとりだけ、徳永さんの言葉で言うならば、催眠術をかけてました(笑)。おもしろいからやってもいいかな、と思って。公演1回につきひとりだから、30ステージで30人限定ですね」

―― 藤田さんが「抑えろ」と言ったってことは、ある時期まで青柳さんも意識的なら、藤田さんも意識的に使ってたんだ。

「使ってたんじゃないかな」

―― あれはチェルフィッチュで身に付けたこと?

「チェルフィッチュの影響も大きいと思います。岡田さん、言ってましたね。なんて言ってたっけなー、すぐ忘れちゃう。確か“(観客をちゃんと)見て(演技を)やって”みたいな。あ、当たり前か。もっと理論立てていろいろ言ってました、忘れたけど」

―― 作品で言うと?

「1番それが強かったのは『わたしたちは無傷な別人であるのか?』(10年)」

―― 確か英語で「conception」をキーワードにしていた作品だったよね、受胎とか受粉っていう意味で使ってた。

「岡田さんが1番何言ってんのかわかんない時期でしたね。(日本語で)受粉って言われてもピンと来ないし。藤田くんもそうだけど、演出家って、自分と役者の共通言語みたいのを無許可で急につくるんですよ。でもこっちは、それ知らないはじめて聞いたっていう。稽古が終わったあとで役者だけになった時に“あの英語どういう意味かわかった? 要は、間を取れってことでいいのかな”って話したりします」

―― その温度差がすごくいいね(笑)。よくわかんない用語は置いといて、岡田さんから提示される「こういう作品をつくりたいんだ」「こうしてほしいんだ」っていうイメージや要望は、青柳さんは最初からつかめた?

「出会った時から? そうですね、つかめました。つかめなきゃやれないと思います、岡田さんとは。けど、大枠ではわかってるけど、すんごくピンポイントでできない部分もあって。そういう場合は、非常に難しかったです」

―― 10のうち9はできるんだけど、残る1がどうしてもハマらない、みたいな?

「うん。特に最初の頃は、岡田さん、すごく細かかったから。せりふ1個単位で“今のは言えてた”“今のは言えてない”ってやってたんです。2~3行のせりふに何時間もかけてた。めちゃめちゃ難しかった」

―― それってもう、気持ちじゃ追いつかないよね。

「気持ちなんかあっちゃ、余計にむずい(難しい)です」

―― 俳優がうまくせりふを言えない時、岡田さんはどう対応するの?

「言えない人のせりふをカットすることもある。私がハマらなかったのはひとつで、『三月の5日間』のミッフィーちゃんが謎の告白をして自爆したときに言う“もくもくもく~”っていうせりふです。“もくもくもくがないんだよ! 全然出てこないよ!”って言われて。でも何回言われても何回やっても、できなかったですね。“もっとキノコ雲を想像して”とか“初演の台本の最初のページにキノコ雲を描いたぐらい、もくもくもくは大事なイメージなんだから、できないと困るんだよ”って岡田さんが。何時間もずーっと、ふたりでもくもくもくもく言ってました。懐かしい」

── そんなに重要な「もくもくもく~」だったのか。私、全然理解できてなかった。

「私が言えてなかったからかもしれない」

―― 注目を集めているチェルフィッチュに参加することは、プレッシャーにならなかった? 

「全然。どこか遠い世界です。というか、あんまり注目されてないとずっと思ってる。岡田さん一味、みんなそう思ってるんじゃないかな?」

―― そうなの!? 青柳さんだけじゃなく現場全体が「うちら地味なことやってるよね」って意識なの?

「地味なことやってる意識はすごいある。自分たちは一生懸命やってるけど、これ、誰かに伝わるんだろうかって。急な坂(スタジオ)で細々(ほそぼそ)と稽古しながら」

―― でも複数の海外フェスティバルに呼ばれて、長くツアーとかしてるわけじゃない? 現場ではお客さんからも「おお!」っていう反応があるだろうし。

「それはもちろんあるけど、やっぱり“トシキ、すごい”が強い気がする。語学力が無いので、私が知らないだけかもしれないけど。稽古場で黙々と稽古してる陰鬱な時間のほうが長いからかな、そっちの印象ばかり思い出しちゃう。華やかさがないです」

―― 海外だと、お客さんが積極的に感想を言ってくるって聞くけど、劇場から出て声かけられたりはしないの?

「舞台降りると、私、まったく気付かれないから。それは日本でも同じで、来てくれたお客さんに挨拶しに行ったら“誰?”みたいな顔されることがある。“舞台では絶世の美女だと思ったんだけど今オーラなさすぎ”とまで言われましたよ。それでも稀に気付いてくれた時には(笑)、海外のお客さんのほうが声を掛けてくれるかな。よく”You’re strong!”と言ってもらえるのがうれしい」


演劇をつくる上では、
私は媒介物だから


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―― へー、意外だ。舞台上とは別人に見えるってことなのかな。藤田さんについても聞きたいんだけど、最近変化した?

「優しくなりました、すごーく」

―― 藤田さんも青柳さんと同じように人間になったんじゃない?(笑)

「なりましたね。だって、身体を痛めてる役者にマッサージなんてするようになったんですよ!」

―― 私も北京で見てびっくりした。腰を痛めた吉田(聡子)さんをマッサージしてたよね。あれはやっぱり最近の変化なんだ?

「あの変化はすごいと思う。だって、役者がどこか痛めちゃって稽古ができないですって感じになった場合、今までの藤田くんだったら“ふざけんじゃねえよ、稽古するぞ”みたいな。“痛いのはお前の都合だろ”みたいな感じだったのに、今は“わかった。じゃあ稽古は軽めにして本番に集中しよ。聡子、ちょっと来て”とか言って(マッサージをしてあげた)」

――30歳になったからかな? だとしたらまだ半年ちょっとだよ、人間になって。

「そうですそうです、まだ赤ちゃんです」

―― じゃあこれからまたイヤイヤ期とか来るのかも(笑)。

「来るかもね。来月ぐらいには来ますよ(笑)」

―― 藤田さんはきっと一生演出をしていくだろうし、この俳優と一生付き合っていくと決めている人が何人かいると思うんだけど、青柳さんも藤田さんとはずっと一緒に芝居をつくっていくんだろうなって思ってる?

「一生かどうかはわかんないですね。自分が去年と今年で言ってること違うから、来年の私が何を思ってるのかさっぱりわからない。来年どころか、あした死ぬかもしれないし。こないだ橋本(倫史)さんにインタビューしてもらった時に“考え方が前とまったく変わりましたね”って言われて気付きました。人間になってから」

―― 青柳さんもこれからイヤイヤ期に入る可能性があるのかな?

「入るかもしんない」

―― この先も演劇をやっていくかどうかわからないってことは、演劇がなくても藤田さんとは一緒にいるだろうとか、演劇を挟まなくても考え方や感じ方が共有できるってことだよね。そのほうが、根本的な関係に腹をくくってるって思えるね。

「いや、藤田くんもわたしも、演劇がなかったら生きてないと思います。演劇がないところにいないというか。伝わるかな。なんとなく藤田くんは長生きしないような気がするんですよね。本人も、僕が死んだあとは、やぎ(青柳のニックネーム)が僕になって演出してとか言うんです。やだって言ったんだけど、君はそんな顔だしどっちかって言ったら演出家に向いてるからって。失礼だよね」

── いつ頃?

「最近です」

―― だとしたら、荒縄ジャガーの時の演助の経験が生きるよ?

「そっか、あの時から藤田くんは私を演出家にしようと? つながったなー(笑)。でも私になんか誰もついてきてくれませんよ。まぁ、藤田くんが死ぬことはわりとよく考えますね」

―― いなくなった後のことを考えるの? それとも時期とか、どうやって死ぬのかとか?

「どうやって死ぬのか考える。自殺だけはやめてくれよと思います」

―― 私はそれ、大丈夫な気がするけど。ところで、青柳さんはずっと藤田さんと岡田さんの舞台に交互に出てるけど、他の演出家とやりたくならないの? 全能感の流れから想像すると「あらゆる演出家が私と組めばいい」とか思いそうだけど。

「そうは思わないです。私と一緒にやってる人しかおもしろくないんだから、その人だけがいればいいのにっていうふうに(思考回路が)なってる」

―― あ、それはより強力だね(笑)。でもオファーはきっと来てるでしょ?

「来てるんですけど、私の願望とは別のところでできなくなってますね」

―― スケジュール?

「うん。ほとんど林香菜(マームとジプシー制作)が、私に言う前にそこで(スケジュールで判断して)返事をしてるんで、私は知らないことが多いです。あとになって“こないだ誘ったんですけどね”みたいなことを言われて、まったく知りませんでございましたって」

―― 純粋な好奇心としてはどう?

「藤田くんはすごい嫌がりますけどね。こういう人から誘いがあったって話になると、出るんじゃないぞっていまだに言う。“だって、出る必要ある?”」

―― 「俺が演出してるのに」って?

「言いますねぇ(笑)」

―― この間のインタビューでは、『コドモもももも、森んなか』(09年)で藤田さんの作風が転換したと言ってたけど、青柳さんがはっきり「こいつの才能、マジでヤバい」と思ったのはいつ頃からなの?

「や、これは結構、すごいぞって思ったのは『あ、ストレンジャー』の初演(11年)ですね」

── リフレインを発明したタイミングじゃないんだ。そのあとなんだね。

「あんまり子どもの役をやるのが好きじゃなかったんですよ、ただ単純に。演技下手なんで。ずっと(藤田が)子どもにこだわってる意味が私にはあんまりわかんなくて。別にそうじゃなくてもいいんじゃないかなと思ってたところで、『コドモ~』の再演をやりきったことによって藤田くんも気持ちが変わって、脱14歳してみようってつくったのが『~ストレンジャー』だったんです。」

── 私が初めてマームを観たのは『しゃぼんのころ』(10年)で、14歳へのこだわり真っ最中だったんだけど(笑)、当時の作品の14歳のシンボルは青柳さんだったんだよね。その本人がそう感じていたとは……。

「『~ストレンジャー』の後またすぐ子ども(がメインの話)に戻ったんですけどね。岸田賞を獲ったその作品(『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』、11年から始まった3作の連作で、岸田賞受賞は12年)はまた今までとは違った、子どもは子どもであるけれども、子どもを演じるって感じでは全然なく」

―― リアル子どもじゃなくてよくなった。

「そうです。そこはやってて全然違いました」

―― 「行けるかも」と思ったあと、ずっと「いけてる」状態は続いてる?

「うん。その時期一番キテんなと思ったのは『犬』(11年。徳永が企画・制作しているProduce lab 89のシリーズ企画『官能教育』で、中勘助の小説『犬』を藤田が構成・演出した。青柳と、山内健司、尾野島慎太朗が出演。)ですよ。『犬』の時はほんと“こいつやべえ! こいつやべえ!”って思った。本人もいまだに言ってるけど」

―― 藤田さんの「『犬』やべえ」は、セットリスト(使用楽曲)がかっこよかったってことが理由なんじゃないの? (笑)

「使った音楽も好きだろうけど、それだけじゃないでしょ。全体がもうすごかった。あれで岸田獲ってほしかったなと思いますよ、ほんとに」

―― 『cocoon』でサン(青柳)が日本兵(尾野島)にレイプされるシーンは、確実に『犬』が経由されてるよね。

「あの時はもう頭の中に『cocoon』があっただろうから。エンジンかけてたでしょうね」

―― 青柳さんの最初の心配をよそに、今、藤田さんは大活躍してるじゃないですか。

「そうですね。でも岡田さん同様、そこはあんまりわかんないです。忙しそうなのはわかるけど。どれだけすごいことに藤田くんがなってても、稽古場ではただの演出家の藤田くんだから。やっぱり稽古場なんだな」

―― でも、ひっきりなしに作品をつくってるし、媒体にもたくさん出てるし、次々と有名人と仕事したりしているわけじゃない? 川上未映子さんだったり穂村弘さんだったり、あるいは高橋源一郎さんや又吉直樹さんと。それって、他の劇作家や演出家との比較ってことじゃなくて、シンプルにすごいと思うの。そういうことは気にならないんだ?

「彼個人の仕事はわからないけど、演劇をつくる上では、特に未映子さんや穂村さんなんかは、もはや私が彼らの作品の中の一部みたいなところもあるので。私は媒介物だから、媒介物にはそういう気持ちはない」

―― 表現者ではなく媒介物だという自覚はおもしろいね。藤田さんがこの間、「俳優は小道具と同じように扱いたいし、小道具と同じように手をかけたい」という趣旨の話をしてたのを思い出した。おそらく今は、お互いが別の人と仕事をしてきたことが稽古場でチューニングを合わせられていると思うんだけど、いつかどこかのタイミングでそれがズレるかもしれない、みたいな不安はない?

「あんまないんですよね。私、怠け者なんですよ。不真面目なの。そこまで突き詰めてイメージしてないかも」

(完)


取材・文・写真:徳永京子

マームとジプシー

藤田貴大が全作品の脚本と演出を務める演劇団体として2007年設立。同年の『スープも枯れた』にて旗揚げ。作品ごとに出演者とスタッフを集め創作を行っている。同じシーンを高速でくり返すことで変移させていく「リフレイン」の手法を用いた抒情的な世界で作品ごとに注目を集めている。2011年6月〜8月にかけて発表した三連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を受賞。また、2012年より様々なジャンルの作家との共作を発表。2013年沖縄戦に着想を得た漫画家・今日マチ子の傑作「cocoon」の舞台化に成功。2015年「cocoon」の再演にて沖縄含む全6都市にて巡演。 ★公式サイトはこちら★