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コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ』岩井秀人インタビュー

インタビュー

2017.03.12


*このインタビューは城崎アートセンター滞在中の1月20日に行われました。

◎インタビューの前に◎
城崎アートセンターのスタジオには、稽古前半にしてはかなりかっちりしたセットが組まれていた。ハーフパイプ状のそれは大きな存在感を放っていたが、3人にとってはまだ、オンとオフのどちらでもある場所らしく、休憩時間もごく自然にセットの上で過ごしていた。驚いたのが、岩井が前野のギターを手に取って弾き出したことだった。その後ろ姿は、何だか子どものように頼りなげな、プライベートな岩井だった。


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©引地信彦



── 子ども達がつくった物語から舞台をつくることと、岩井さんが各地でワークショップ形式でやってきた“自分の体験を演劇にする”ということの関係を、改めてお聞きしたいと思います。稽古前のインタビューでは「繋がっていません」と否定されてしまったんですが、やっぱり私は、ふたつの作業は遠くないという気がするんですね。

岩井 ふーん、なるほど。

── 岩井さんの、人の話に対して強い興味は「ネタになるから」レベルではないと思うんです。特に今回の企画、確かに子どもの考えた物語はおもしろいいですけど、最後まで面倒を見る人はかなり少ない。フィクションであれノンフィクションであれ、人の話に何を見ているのかなと。

岩井 いやまあ、自分が書いたものではないということが、まずは大きいんじゃないですかねえ。

── でも、自分が書いていない話でもおもしろくないものはたくさんあって、そこには興味は向きませんよね?

岩井 うーん……。その点で言うと、自分が書くのは、感覚として“詰めていく”みたいな作業なんですよ。

──  詰め将棋のように一手一手、手順を踏む感覚ですか?

岩井 そういう感じもあるし、追い詰める、みたいな感じもある。例えば父親が出て来る話なら、ストーリーをそこに自然に持って行くために何かモチーフを出すんだけど、それが僕の場合はギューッと詰め込まれたものなんです。『て』には巨大な男根を持った父親が登場しますけど、ああいう感じになっちゃう(笑)。それはそれで自分が救われた部分も山ほどあるんです、それを演劇にしてみんなにおもしろがられましたし。

── でも他人の書いた話なら、詰めずに向き合える?

岩井 ですね。……いや、あー、他の人の話も詰めたか。

── と言うと?

岩井 一昨年ぐらいに『ヒッキー・カンクーン・トルネード』で10都市ツアーに行った時、7都市でワークショップをしたんです。それまでも参加者に、自分の人生に起きた酷い話をしてもらって、そこから何本か選んで、チームに分かれてみんなで演劇にする、というのをやっていたんですけど、その年は、どのぐらい重たい話まで大丈夫なのかと考えたんです。
「酷い話とは言っても、これからみんなで演劇にすることが前提ですよ」と言っていたんですね、ずっと。トラウマを話してもらうプレイバックシアターというジャンルがあるらしいんですけど、やっている途中で参加者がパニックになった例が海外であったと聞いたことがあって。そうなるのはもちろん避けなくちゃいけないけど、7都市の最後の長崎で出てきた話に、たまたま、かなり重いものがあって、僕はそれを選んだ。で、結果として、みんなゲラゲラ笑ったし、本人も大笑いして「初めて人に話したけど、良かったです」と言っていたんですね。
 それは、つらかったその思い出に「演劇にした」「ウケた」「大笑いした」という記憶が足されることじゃないですか。それってその人にとってすごく大きいことだと思うんです。例えば僕だって、普通は自分が引きこもりだったことなんてあまり言わないと思うんですけど、それを人に話しているうちに形が変わって、演劇にしてまた形が変わって、演劇にしたことで「実はうちにもいまして」とか「自分もそうでした」という話を聞いたりして、段々、元の記憶の形が変わっていった。それに対する自分の視点がどんどん足されていったんです。だからまあ、過去は変えられるじゃないけど、違う視点が足されると、少し軽く出来る。そういう意味で、やっぱりすごく有効だなと思ったんですね
 でも『なむはむだはむ』にはそういう意味合いは無い。だからやっぱり、同じように他人の話ではあるけれど、そんなに直接には繋がってないんだと思うんですよ。

── 確かに、『なむはむだはむ』はつくり話ですから、体験談とは違いますね。

岩井 ただ、後付けかもしれないんですけど、この間、谷川俊太郎さんと対談してちょっと気付いたことがあるんです。

── どんなことですか?

岩井 対談の準備で何冊か谷川さんの本を読んだんですけど、どれもまあすごくて。「ぼぼぼべばぶん」とか「ぶぐんぶぐん」とか、言葉になっていない言葉しか出てこない絵本もあれば、もともと文才のある人が時間をかけて研ぎ澄まして出てきた言葉ばかりが並んでいる本もある。そっちだと、何でもない小さなサイズの話を書いているのに、ものすごく高いところからの視点も含まれていて、ほんの短い文に長い時間のこともザーッと書いてあったりして圧倒されて。で、そのあとまた絵本に戻った時に感じたんですけど……。
 音楽にしろ絵にしろ、演劇、映画にしろ、僕が好きなものの共通点は、作家性がギューッと凝縮されているものなんですよ。目一杯、何かが詰まったものに触れて、うわっ、やられたな、というのが好きになるパターンだと思う。
 でも、縛るものとほどくものがあるとして、谷川さんの絵本を読んだ時に感じたのは、完全にほどくほうの力、自分がほどかれる感覚だったんですよね。その感覚を経験してから自分のやってきたことを考えると、縛ることばかりをやってきた気がする。自分に対しも相手に対しても。もしかしたらこれからは、ほどかれれる、ほどくことをやってもいいな、と思ったんです。

── 追い詰める、中身を詰める、というところから、開放するほうに意識が向くようになった。

岩井 今はそういう感覚でやってますね。待つと言うか、決めないということを選んでやっている気がします。

── 振り返って見ると、ハイバイのメンバーの実体験をオムニバスの作品にした昨年末の『ワレワレのモロモロ』も、岩井さんのそういう意識が働いていたように感じます。

岩井 そういうモードには、だいぶ入っていたと思います。あれ、作家として少し整えたものもあるけど、ほぼ手つけていない作品もありますから。

── 最初に言った、私が感じたワークショップと『なむはむだはむ』の繋がりは、もしかしたらそこかもれません。

岩井 ああ、なるほどね。それならわかるかもしれない。

── でもその変化は大きいですね。岩井さんがまたご自分の体験をもとに創作することになったら、ほどく行為がきっと出てくるんじゃないですか。

岩井 あるのかもですねえ。でも『夫婦』なんかは、意外とほどいていたかもしれないです、観た人からよく「お父さんは最後に許されたんですね」と感想を言われて、あれで許しを描いたつもりはまったくないけど、そうかもね、そう思っても罰は当たらないかもね、ぐらいは思うようになってきましたから。そんなことは以前は絶対に思わなかったので。

── 「許す」という言葉にまだ抵抗があるなら、これからは「ほどく」を使えばいいのかも。

岩井 ああ、そうかもしれないですね。そうですね。

── 今のお話をコドモ発射プロジェクトに繋げると、ほどき方にバリエーションが求められる作品ではないですか? 3人の関係を固めない、ひとりひとりの役割も決めないというフレキシブルさを前提にしているようなので。

岩井 そうですね。僕は結構、それぞれが得意パートを、つまり、未來君が動く、前野君が歌う、僕は読むという固定ポジションで全部をやってもいいぐらいの意識なんですけど、あのふたりがいろいろやりたいみたいです。

── え、岩井さんは固定でいいと考えているんですか?

岩井 3人が、あの謎な台本に向けて本気でやった時の強度が出せれば、それはそれで充分おもしろいと思うんですよ。それぞれの思いつきの速さとか、お互いの影響の受け方とか、いろんなものがもういい回転をしているんですよ。だから各自が自分のパートを守って、ちょっとバンドみたいなノリとして最初から最後までやっても全然良いと思っていますね。
 でも今みんなでやっているみたいに、さっきのとは違うアプローチ、もっと新しいアプローチって次々と試しているのもすごく良いと思います。楽しいし。

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©引地信彦


── そういえば、今回、岩井さんが作詞や作曲もされていますよね。それは前野さんの影響ですか?

岩井 圧倒的にありますね、それは。この企画で一緒にやることが決まってから前野君のライブに行って、もちろん彼はギターを弾いて歌っていたんですけど、歌というものとちょっと違うと言うか、歌のちょっと手前の部分をものすごく大事にやっている人だと思ったんですよ。歌詞は歌詞なんだけど、言葉の聞こえ方が他のミュージシャンとまったく違う。僕は昔バンドをやっていたので、バンドの音のほうが耳に入ってくるし、理解が速いと思うんですけど、前野君の場合は、完全にひとりがいい。これはどえらいものだな、と思いながら聴いていました。

── 森山さんが前野さんのことを「ひとりで完結しているからポップだ」とおっしゃっていたのと近いかもしれませんね。

岩井 そうかも。バンドだとリズムを合わせなくちゃいけないけど、前野君がひとりでギターだけで、自分で納得して次の言葉に行く、というところから立ち上がってくるイメージが圧倒的だった。でもそれが力んでいるわけではなくて、なすがまま、あるがまま、みたいな。

── 岩井さんがギターを借りて弾いたり、率先して曲をつくったりできるのは、前野さんのそういう自然体があってこそなのかもしれません。

岩井 稽古中にそんな話をしていたら「言葉自体に、もう歌があるんだ」という言い方を彼はしていて、あんな様子だから、大体のことがふざけて聞こえちゃうんですけど(笑)、彼の歌を聴いたあとだと、それはすごく説得力がありました。
 城崎でワークショップをやってもらったんですけど、それもすごく的を射た内容だったんです。参加者に「好きな言葉を教えて」と聞いて、それをパーッと書いて。そのあとでひとりひとりに「その言葉をちゃんとイメージして発音してもらえますか」と言って、その様子を一所懸命、観る。それがもう歌の始まりになっていくんです。
 もうひとつ前野君について言うと、彼はいくら音階を使って歌ったとしても「言葉」の豊かなイメージを損なわずに表現できるんですよね。よく、お芝居でセリフを「歌う」と、意味が消え去っちゃうような現象があるんですけど。前野君はそこが強靭。。つまり今回は舞台だから、いくら歌っても「せりふ」のイメージがキープされるなんです。プラス、「これはちょっと現実的じゃないな」っていうような言葉の組み合わせも、前野君が発語すると、ちゃんとイメージが繋がって聞こえて入ってくるんですよね。これは結構な発見でした。

── 『なむはむだはむ』についてお聞きすればするほど、この作品に限定されない、このあとの岩井さんの創作にも関わっていきそうな話が次々と出てきます。

岩井 そうだと思います。

── では『なむはむ』は、ほどく岩井と、言葉になる以前のものを大事にする岩井が観られる作品になる?

岩井 うーん、もう今となっては僕、何も出て来ていない感じですけどね。出し尽くして、あとはふたりに任せる(笑)。「このふたり、本当におもしろいな」と思って見ていますよ。

── またまたそんな。稽古を拝見していたら、やっぱりテキストを整理したり、子どもが書いた物語を広げていく作業は岩井さんがされていますよね。

岩井 あれはまあ、そのまま読んでもいいと思いながらやっているんですけどね。本当はそのままのほうが絶対におもしろいですから。だけど言葉って、時間が必要だから。つまり、この流れが伝わる前に次の流れに進んでしまうと、手前の流れのおもしろさがわかんない場合があるんですよ。そういう時の時間稼ぎみたいなことが、僕がやっていることなんだと思います。
 あと、みんなが「おもしろいね、最高だね」と言った子どもの言葉が真ん中にあって、未來君はそれを読んで、イメージして、動く。前野君はそれを読んで、イメージして、歌う。で、僕は何も出来ないじゃないですか。出来るのは、そのおもしろさがわかりにくなかった時に、わかりやすくすることぐらいで。例えば『ガイコツ』という話だと「肋骨を取って、そこにポーキーを挟みました」というのが原文で、後半まで読んでいくと「ポッキー」という言葉が出てくるから「ポーキー」が「ポッキー」だとわかるんですけど、そういうズレみたいな部分を、手前でちょっと整えますよという。

── でも、岩井さんがギターを弾いて歌うだけでもかなり新鮮ですし、この作品から出てくる岩井像、森山像、前野像は、もともとその人を知っていた人みんなにとって新しい一面になるような気がします。

岩井 そうなりそうな気が僕もしています。


◎インタビューのあとで◎
「色の三原色」を重ねると中心は黒になる。「光の三原色」を重ねると中心は白になる。ほとんど同じ色なのに、合わせて生まれるものが正反対であることがおもしろい。『なむはむだはむ』に集まった岩井秀人、森山未來、前野健太の話を聞いて、何となくそれを思い浮かべた。重ねれば黒にも白にもなるし、その混ぜ方であらゆる色が生まれる。役割や関わり方や立ち位置を決めないことは怖い。でもだからこそ、瞬間瞬間に違う色が発見できる。なぜそんな贅沢なことをするのかと言えば、それは子どもの言葉が相手だからだろう。不完全なものの良さを活かすには不完全な方法がふさわしい。そしてその方法が実践できるのは、岩井が言うように、ひとりひとりがそのポジションに立てる強度が必要で、グレーやベージュではだめなのだ。赤と青と黄が本気で、毎回違う角度で混じり合う。『なむはむだはむ』は作品タイトルではなく、その過程を指す呪文かもしれない。

ハイバイ

2003年に主宰の岩井秀人を中心に結成。相次いで向田邦子賞と 岸田國士戯曲賞を受けた岩井が描く、ありえそうでありえないそんな世界を、永井若葉・平原テツ・上田 遥・川面千晶といった外部公演でも評価の高いクセ者たちのおかげで「ありそうだぞ、いやこれが世界そのものだ」って思わせる舞台を展開。代表作は 「ヒッキー・カンクーントルネード」「て」「ある女」。★公式サイトはこちら★