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サンプル『離陸』松井周×伊藤キムインタビュー

インタビュー

2015.10.7


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 現代社会の病理を、異物ではなく共生すべきパートナーのように取り込んで生きる人々を、粘膜的な湿度と神話的な俯瞰の視線で描く松井周。彼が作・演出・主宰を担うサンプルが、新作『離陸』で新しい段階に入ろうとしている。松井自身が初めて俳優として自身の劇団に出演し、共演者に、コンテンポラリーダンサーとしてすでに著名な伊藤キム、次々とクセのある演出家から指名を受けるフリーの稲継美保を選んだ。三角関係をミニマムな社会と捉え、3人の“離陸”の先に、新しい関係が描かれる。

ワークショップでのキムさんの佇まいに
「この人は俳優だ」と思った

―― 今回、つくり方が今までと全然違ったと聞いています。

松井 稽古の段階で台本をまったく用意せず、エチュードから立ち上げました。そういうやり方は初めてでしたね。細かい順番で言うと、キムさんが本格的に俳優をされるのが初めてということもあって、稽古に入る前にワークショップをしたんです。それが8月の半ばで、その時はもう、夏目漱石の『行人(こうじん)』──一緒に暮らしている兄と兄嫁と弟の三角関係の話なんですけど──をベースにすることは決めていて、僕がちょっと設定を付け加えたエチュードをやってもらいました。例えば、その関係にある3人が、芸術や科学、宇宙について話すとしたら、どんな会話になるかといったことですね。9月頭に稽古を始めたんですけど、ワークショップでやったことのトピックを並べて、またエチュードをやって、台本はそこからつくり始めたんです。

―― キムさんご出演のきっかけは、サンプルが開催したワークショップにキムさんが参加されたことだと伺っていますが、コンテンポラリーダンサーとして知名度も実績も充分にある方がなぜ、そういう場所に?

伊藤 ずっとダンスをやってきて、ちょっと飽きたところがありまして、しばらく活動をやっていなかったんですよ。「もう自分は創作しないのかな」とも思っていた時期もあったんですけど、だんだん言葉や声に興味が出てきたんですね。最近は演劇とダンスの境目がなくなってきて、ダンスをやっている人が芝居をやったり、ダンスの中に言葉が紛れていたりする状況があって、僕も、身体だけじゃなくてもう少し言葉のほうにシフトしていくと、何かおもしろいことがあるかなと思っていたんです。ちょうどその時にサンプルの公演を観まして。

松井 去年の『ファーム』ですね。

伊藤 音響の牛川(紀政)さんと一緒に仕事したことがあって、彼がTwitterでサンプルのことを紹介していたのを目にして、ちょっと観てみようかなと。そうしたらとても変な……何とも言えない摩訶不思議な感じで(笑)。僕は物語を追いかけていくのが面倒で、あまり演劇を観てこなかったんですけど、『ファーム』は、物語もですけど、全体が進化論をひっくり返したような、解剖したみたいな感覚があって、とてもおもしろかった。そんなふうに感じたのは、たぶん身体に関わる話だったからだと思うんですけどね。それで、何ヵ月か後にワークショップをやるというチラシがあったので、ちょっと行ってみようかなと、松井さんの演技クラスと、野村(政之)さんのドラマトゥルクのクラスを受けました。どちらも(座学だけでなく)作品をつくる内容で、刺激を受けました。


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【撮影:中島伸二】

―― 松井さん、申込者の名簿にキムさんの名前があった時は、驚かれたのでは?

松井 やー、焦りましたよね(笑)。焦ると言うか、緊張しました。どちらかというと参加者は、俳優でもダンサーでも経験の浅い人が多い中に、いきなりキムさんですから。野村くんも緊張して「どうすれば勝てるんだ」みたいな(笑)。でもね、やっぱり、すごくおもしろかったんですよ。初心者向けのあと、専攻科みたいなクラスもあって、そっちにも参加してくれたんですけど、そこでキムさんのいるグループがつくった話がすごくて。死体安置所にふたりのバイヤーがいて、そこに来た買い手に死体を売るという話だったんです。キムさんはバイヤーのひとりで、そこにある死体──それはもちろんエアーですけど──の前で「この死体はここから先が火傷を負ってるけど、こっち側は損壊していなくてきれいだから、珍しいタイプだよ」とかセールスするのがいちいちおかしかった。

── 思わず買いたくなるような?(笑)

松井 そうそう(笑)。それとひんやりした佇まいが、この人は俳優だなって感じがしたんですよね。俳優がどういう定義かわからないですけど、その(設定された)場にいるにふさわしいと言うか、ちゃんとそこの空気と馴染んで会話をしていたんです。

伊藤 たまたまテーマが僕と合っていたんでしょうけどね。死体に限らず人間の体には興味がありますから。人間の体なんだけど動いていない状態とか。できれば、死体になる直前ぐらいがいいんですけど(笑)。

松井 ああ、人とモノとの境界線。

伊藤 そう、境界線上にあるものが、わりと何でも好きなんですけども。それと僕が「ここから下が火傷していて、ここから上は正常で」と言うことで、本当は何もないのに、観ている人はイメージすると思うんです。そういうことに関して(人の頭の中を)引っ掻き回すのが好きというか。ひょっとしたら僕自身の経験にもよるのかもしれないですけど、交通事故で右目を怪我して、それにまつわる体験がいろいろあって、そこから、人間の体って実は単なるモノなんだなって、すごく強く感じてきたので。

松井 こっちはもう興奮して、そのエチュードを観た帰りのエレベーターの中ですぐスタッフに「次の作品はキムさんに俳優として出てもらおう」と話したんです。

伊藤 そうだったんだ。

── オファーを受けて、すぐに「やります」と?

伊藤 ダンスと違うことをどんどんやりたいと思っていたので、せっかく声をかけていただいたんだから、ぜひお願いしますと。以前、川村毅さんの舞台に少し出演したり、映画にもちょと出たことはあるんですが、ここまでがっつりやるのは初めてです。

―― キムさんが『ファーム』でおもしろさを感じた、サンプルの体の扱い方や肉体の意識の仕方みたいなものは、それ以前の作品でもずっと根底にあったものですから、キムさんとはもともと近い感性があったのかもしれませんね。

松井 サンプルという劇団名を付けた時から、社会の約束の中での出来事──人間関係とか恋愛問題とか──は、それはそれでもちろんあるんだろうけど、自分はもっと生物としての人間にフォーカスしたいと思っていたんですよね。この間、国際交流基金のサイトにあるキムさんのインタビュー(「Artist Interview」06年)を読んだら、僕とまったく同じことをお話しされていて、ちょっと驚いたんです。それは、満員電車で人は人じゃなくて壁になる。人を人として扱っていたら満員電車には乗れないという話なんですけど。僕も、お互いに壁を演じると言うか、そういうプレイをしてモノになろうとする感覚を人間は持っていると考えていて。人間なんだけどモノでもあるような体というのは、ワークショップのキムさんにも確かに感じたし、人間の捉え方が人間目線じゃない(笑)って言ったらいいかな、その感じはサンプルに近いんじゃないかと思いましたね。


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3人という1番小さな単位の社会で
物事を決めていきたい


―― 『離陸』の戯曲を読んで新鮮だったのは、昼ドラみたいなわかりやすいメロドラマ感があって、物語の歴史を遡ったように感じたことです。

松井 ああ、そうですね。僕はずっと、二択あったら多くの人が選ぶ確率の低いほうを選んできたし、余計なエピソードをたくさん入れるのが好きだったんですけど、今回はシンプルに徹しています。兄が弟に「自分の嫁と旅行に行ってほしい」と言ったらふたりは出かける、その後ちょっと誤摩化す時間がある、バレる、崩壊する、じゃあどうする──。それぐらいのテンポでどんどん切って、切ることでも表現すると言うか。火種があって、それが着火して次々と燃えていく感じにしています。これまではわりと、キャラクターそれぞれが妄想を持っていて、その妄想でみんながお互いを包み合って最後はカオスになるという帰結が多かったんですけど、どうもそれは現代に沿い過ぎているような気がしてきて。それぞれのひとことキャッチフレーズでみんながワーッと動く、その応酬になってしまってうるさいと言うか……。そういうものをシャットアウトして、少人数の緻密に追うってことをやりたくなったんです。ふたりだと関係だけど、3人だと1番小さな社会になると思っているので、そこを見つめたいなと。大きく言うと、政治も社会も地方も都市も、すごいスピードでいろんなことが動いていて、情報にも流されるし、あるいはスローガンにも流されるし、集団の同調圧力もあるだろうし、大きな問題に振り回されてしまうけど、最少の人数で顔を突き合わせて何かを選ぶ、そこに体があって、直接言葉を交わして、それを確認しながら何かを決めていくわけで、それを考えるほうが、今の自分にとってはストレスがないと思えました。ただやっぱり、これまでやっていた、ある時間が引き伸ばされたり、異なる時間が重なっていたりするのは相変わらず好きだし、今までのサンプルの痕跡も残したい。でもそこは、キムさんと稲継さんの体を繊細に動かしていけば自然につくっていけるだろうと思っていますが。

―― 兄弟と兄嫁の三角関係についてですが、私は岩松了さんの『テレビ・デイズ』を思い出しました。ずっと子供ができなかった兄嫁が妊娠する、それを弟がものすごく喜ぶので、肝心の兄のほうが喜びそびれてしまって、妻と弟の関係を勘ぐることになる話なんですが。それで何となく、今回のサンプルの新機軸は、今年3月、松井さんが岩松さんの『蒲団と達磨』を演出されたことも影響しているのかなと思ったんです。自分以外の劇作家の言葉と向き合う経験は、やはりとても大きなことだと思うので。

松井 確かにあれもひとつのきっかけですね。岩松さんの戯曲は、個々のキャラクターと言うよりも、「この磁場、いやだな」と思う人間がなぜか集まってしまう、そしてある関係が露呈してしまう場所が設定されていて、そこで人がどう動くかなんですが、その感じが欲しいという気持ちは今回あります。あれをやった頃から、自分のカオス的なつくり方から、もうちょっと濃密なことに移行したい気持ちが芽生えていました。


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【撮影:中島伸二】

―― 翻って基本的な質問ですが、キムさん、せりふを覚えるのはそれほど苦労なく?

伊藤 覚えること自体はそんなに苦という感じではなかったですけど、覚えたせりふをどう出すかが難しいです。

―― 稽古を見せていただきましたが、反射的、機械的にせりふを言っているのではなく、全体を把握した上で、流れを敏感に確認しながらせりふを言っていると思いました。

松井 本当にそうなんですよ。いろんな試し方を知っている人だなって思います。

伊藤 いやいや、全然わかっていないですよ、もう必死ですよ。美保さんを観ていて思いますけど、松井さんから「ここはもうちょっとこういう感じで」という要求が来ると、しっかりとそれを踏まえて、でも(言われたままでなく)グイッと変えて出すでしょう? もちろん経験があるからなんだけど、俳優としての引き出しの多さにいつも感心しています。

松井 彼女は相当できるレベルの人ですから。

── 稲継さんの舞台は何本も観ていますが、今回は特に頼もしいですね。ひとりでカバーする領域がすごく広いし、戯曲を読んでちょっと心配だったところも、稲継さんが動いたら解決していました。

伊藤 僕は自分のせりふとか段取りとか動線とかでいっぱいいっぱいで、全体を感じる余裕なんて全然ないです。

松井 いや、ワークショップの時からすごくたくさんアイデアを出していただいているし、やっぱり空間の把握の仕方がすごいです。「この場所でこう動くのと、あっちでこう動くのは違うだろうから、だったらこっちにします?」とか、ドラマの進行や人物同士の関係ではなく、人と人、あるいは人とテーブル、テーブルと椅子の距離でもって考えてくれるのがありがたいんですよね。それは僕も結構、演出の根拠にしていたりするので、キムさんのアイデアにはかなり助けられてます。

名前のないものを要求され、
名付けられないものを目指して飛ぶ


── キムさん、演出家・松井周はいかがですか?

伊藤 (要求が)難しいです。例えば「もうちょっとここはこういう感じで」と言われて、僕はずっと踊りをやってきて──踊りといってもいろいろありますが──、変な言い方ですけど、動きに転嫁することはきっとすぐにできちゃうんです。でも松井さんが言っているのは、もっとデリケートで抽象的なことで、おそらくいろいろノイズも含んでいるんだろうなと。「こっちですか? あ、そうじゃないならこっちですね」だったら簡単なんですけど、そうじゃない。ここにお皿がある、ここにコップがある、だから……じゃなくて、その隙間であったり、まだ名前が付けられていないものを要求されている気がします。

松井 あはは、わかりやすい。でもきっとそうです。

伊藤 それは、すぐには答えがわからない、どうしようかって悩む要求なんだけど、でもそうでないと僕がこうやって挑戦する意味はないとも思うし、とてもおもしろいです。あとは、とても優しいです。

松井 え、そうですか!?

伊藤 稽古が始まる前とか休憩時間とか、まだ台本がちゃんとできてない時期はきっと松井さんは大変で、たとえ10分でも集中して考えたかったんじゃないかと思うんですよ。でもそういう時に美保さんが話しかけても、ちゃんと応えるんですよね。「ちょっと待って、今、考えているから」と言わずに、「ん? 何?」って。むしろそれを望んでいるんじゃないかというふうにも見えた。ギーッとなる自分を抑えて、解放のほうに持って行く。そういう感じは僕と違うし、優しい人だと思いました。

松井 へー、興味深いな、そう見えていたのか(笑)。

―― 松井さんご自身が出演されることについてですが、日頃から俳優として活躍されてはいますが、なぜ初めてサンプルに、しかも緻密な関係性を描く作品にご自分が出ようと思ったんでしょう?

松井 なぜでしょうね……。サンプルの俳優がみんな忙しいというのもあるんですけど(笑)、やっぱりこれも挑戦ですね。自分が妄想して内側から出して、外部に実現させようとする世界に自分が入ってみることで、自分の書いたせりふが俳優をちゃんと動かすパンチになっているのか、このあたりで自分で確かめたほうがいいと思ったんですかね。

―― 自分でこねた泥団子を自分で受ける、みたいな?

松井 まさにそうなんですよ。泥団子と言うか、この間うっかり俳優に言っちゃって、失礼だったなと思ったんですけど、僕にとって自分が書いた言葉って、ちょっと排泄物みたいな感覚なんです。なのに俳優にそれを喋るように、それにまみれるように要求している。「汚い」「気持ち悪い」となればまだいいんですけど、そこまでも行かない陳腐なものだったら、相当つらいだろうなと思う。それを身を以て確認しなければと思ったのかな。今回はエチュードでつくっていて、役者さんから出てきた言葉もあるので、なるべく陳腐じゃないせりふを言ってもらえているとは思うんですけど、それでも確認したくなった。つまり劇作家の挑戦に近いかもしれないですね。


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【撮影:中島伸二】

── 俳優として舞台上にいるけれども、劇作家としてさらされていると。

松井 そう思います。


―― 最後に『離陸』というタイトルについてお聞きします。作品の方向性を限定したくはないんですが、イメージ豊かなタイトルなので、現時点でのそれぞれのお考えを。

伊藤 最初は全然イメージがなくて、ここ数日考えるようになりました。今いる場所じゃないところに行こうとしていると言うか。その先がどこかはわからないけれど、少なくとも今いるところではない場所に行こうとしている、そんな感じですね。

松井 付けた時点では、キムさんとやるとか、扱うのが三角関係のみとか、自分が出るとか、挑戦という意味合いが強かったです。言い換えるとそれは材料の部分だったんですけど、つくり始めてからはやっぱり変わってきましたね。ある関係性の中でそれぞれが役割を演じていて、役割を変えていくところまでは今までやってきたと思うんですけど、今度は名前が付けられてない関係、役割にまで飛ぶんですね。それは外から見たら何だかよくわからないかもしれないし、飛び方はスッとしていないかもしれないけど、当事者である3人の中では、前向きな姿勢なんじゃないのかな。そう考えると、今は『離陸』というタイトルがしっくり来ています。

伊藤 うん、これは前向きな話ですよ。


――ありがとうございました。サンプルにとって節目の作品になりそうですね。

松井 そうなってくれるとうれしいなと思います。

【取材・文】徳永京子

【公演情報】

サンプル「離陸」

日程:2015/10/8[木]~18[日]
会場:早稲田小劇場どらま館
料金:自由席一般¥3,000 自由席学生¥2,000 自由席高校生以下1,000

作・演出:松井 周
出演:伊藤キム(GERO) 稲継美保 松井 周

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松井周(劇作家・演出家・俳優)の主宰する劇団。 青年団若手自主企画公演を経て、2007年に劇団として旗揚げ。松井周が描く猥雑かつ神秘的な世界の断片を、俳優とスタッフが継ぎ目なく奇妙にドライブさせていく作風は、世代を超えて広く支持を得ている。 作品が翻訳される機会も増え『シフト』『カロリーの消費』はフランス語に、『地下室』はイタリア語に翻訳されている。 『家族の肖像』(08年)と『あの人の世界』(09年)で第53、54回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。 『自慢の息子』(2010年)で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。 ★公式サイトはこちら★