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【配信作品レビュー】公益財団法人日本製鉄文化財団『琉球楽劇の創始者 玉城朝薫が紡いだ歌舞』

名作舞台、映像になって再び劇場へ。

2024.01.31


2023年度にEPADが収集した舞台作品のうち、121本が配信可能になる。語り継がれる名作舞台から、最新の若手の意欲作まで、多様な舞台が映像で見られるようになる。そのリストから1本を選んでもらい、レビューを書いてもらう「配信作品レビュー」。本稿のレビュアーは、豊富な鑑賞経験をもとに地域と文化を研究する井原麗奈さんです。

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琉球王国の複雑な歴史を抱きしめながら観た組踊──公益財団法人日本製鉄文化財団『琉球楽劇の創始者 玉城朝薫が紡いだ歌舞』

Text:井原麗奈(芸術文化観光専門職大学 助教)

■18世紀初頭に上演された琉球の古典、能楽との接点も

今回視聴したのは、2021年に東京の紀尾井ホールで上演された舞台である。組踊(くみおどり)の創始者玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)に焦点を当てた朗読劇と組踊の二部制になっている。

この公演では組踊の美しい所作や洗練された詞章、華やかな紅型の衣裳や囃子の音色で彩られた舞台が存分に楽しめる。これらは琉球王府・首里城で育まれた美意識やエスプリの粋を集めたものである。中国大陸の清王朝、日本の江戸幕府、薩摩藩との政治的に微妙な関係がありながらも(図)、組踊にはそれらの地域から受けた文化的な影響が心地よくブレンドされている。その絶妙さは古代ローマやフランス、スペイン、トルコ、スラブ圏などから文化的影響を受けたウィーンの状況とも共通するように感じられる。いずれも大国に囲まれた地理上の条件から、軍事的にも利用されてはきたが、「文化の交差点」でもあるこれらの地域には、他のどこにも見られない独特な感性が育まれたのだろう。



公演の前半の『國戯誕生〜玉城朝薫が紡いだ歌舞〜』は朝薫とその弟子・平敷屋朝敏を取り巻く愛と葛藤を描いた朗読劇である。朝薫が組踊の成立させる苦悩の過程の背景に、朝敏とその恋人で遊女・チラーとの恋を描いた、大城立裕の小説『花の碑(はなのいしぶみ)』(1986)が題材になっている。自らも組踊役者の嘉数道彦(かかず・みちひこ、沖縄県立芸術大学准教授)が脚本・演出を担当して創作した作品で、政治や因習に翻弄される師匠・朝薫と弟子・朝敏の芸能上、恋愛上の意見の対立と学び合いが絡み合っている点が見どころである。後半は〈朝薫五番〉と呼ばれる代表作の中から『執心鐘入(シューシンカニイリ)』*1と『二童敵討(ニドーティチウチ)』*2が上演された。前半で組踊の創始者たちの苦悩を描いた創作劇を提示し、その苦悩の果てに仕上がった古典作品を後半で見せるという構成の工夫が楽しい。

朝薫は琉球王国時代に活躍した組踊の創始者で、芸能者でありながら王府の官吏(踊奉行(おどりぶぎょう))でもあった。上記2作品は1719年に清朝皇帝からの使節(冊封使(さっぽうし))の歓迎の宴で、筋書きを配り、通訳を置いて上演したものである。朝薫は「薩摩上り」を5回、「江戸上り」を2回経験していることから大和芸能にも精通しており、この2作品は、それぞれ能楽『道成寺』と『小袖曽我』に取材している。

もし鑑賞者が上記の能楽作品に馴染みが深ければ、表現の違いを比較して愉しめるポイントが数多くある。また伝統芸能を鑑賞するのが初めての人は、この公演の映像を鑑賞の入口にするのがよいだろう。字幕があるだけでなく組踊という芸能自体、わかりやすく物語の展開も早い。能楽は鍵となる場面や人物をあえて登場させない記号的な表現が特徴的だが、組踊の『執心鐘入』では能楽作品には登場しない旅路の美男子が描かれ、『二童敵討』でも仇討ちの場面をそのまま描いており、内容をイメージしやすいため伝統芸能の理解の導入としても適している。

■見事な舞と晴れやかなエンディングに、王国がたどった歴史を思う

組踊の音楽には、能楽で定番の器楽である太鼓、笛のほかに、箏、胡弓、三線(さんしん)が入る。特に三線の演奏者は地謡も担当するが、この映像ではコロナ禍でマスクをしているため残念ながら口元が見えない。

節(いわゆる曲のこと)は、西洋の長音階のレとラを抜いた特徴的な「琉球音階」と、「8・8・8・6調」で構成される「琉歌(りゅうか)」と呼ばれる短詩が歌詞として用いられ、シーンや役柄によって吟じ分られているため*3、聞き比べるのも面白い。「琉球音階」は沖縄出身アーティストのポップス作品にも用いられているので、現代の我々にも耳馴染みがある。

登場人物の関係性や心理描写を役者の立ち位置と謡だけで表現するなど、演劇作品としての完成度も高い。『執心鐘入』の宿の女とつれない美男子の心が一向に通わない場面や、『二童敵討』の父の仇討ちの意向を伝える兄弟と母親が別れを惜しむ場面では、登場人物たちの無言の演技の背景で三線の地謡が心情や状況を朗々と謡い、やるせない人間の情を表現する。



組踊『二童敵討』の一場面(写真提供:紀尾井ホール/日本製鉄文化財団、撮影:ヒダキトモコ)

いずれの物語も結末が明快で、『執心鐘入』では仏僧たちが不動明王の真言(マントラ)を唱えて女の執心を晴らし、『二童敵討』では仇討ちを成功させて喜びの舞を舞う。二人の踊り手はシンクロする動きが見事でありながら各々の個性を失っておらず、舞踊としても見応えがある。これも能楽作品にはない場面だが、念を残さない晴れやかなエンディングは大陸からの客人を大いに喜ばせたことだろう。

明治政府が琉球処分の正統性を主張するなら、日本には外国人に見せるのに適したこの舞台作品が前近代から既にあったことになる。当時、政府は不平等条約改正のために文化国であることをアピールし、日本でも天皇が演劇を見ていることを示そうと能楽や歌舞伎の天覧を行い、女形の廃止を唱えて演劇改良を試みた。外交政策として西洋諸国の公使らに組踊を見せたらどうなっただろうという空想が頭をよぎるが、きっと組踊の芸能者達は拒絶しただろう。

王国解体後の伝承の危機を免れたかもしれないという微かな期待も、沖縄での地上戦を許した政府の対応を考えると打ち消される。組踊が重要文化財に指定されたのは沖縄本土復帰の1972年。定期上演の実現は国立劇場おきなわ設立の2004年で、天覧も同時に行われた。私たちは組踊を鑑賞する時、琉球国王の権威を剥奪して東京を中心とした中央集権体制と天皇制に組み込んだ過去の歴史も抱きしめなければならない。

*1 恋に敗れた女の恨みと執念の恐ろしさを描いた作品。
*2 父の仇討ちを決心した兄弟の母への暇乞いと仇討ちの成功を描いた作品。
*3 「男吟(オトコジン)」「女吟(ヲゥンナジン)」と役柄によって吟じ分ける。演者は王府の役人が務めるため、女性役も男性が演じた。

<参考サイト>
文化デジタルライブラリー「琉球芸能編 組踊」
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc19/sakuhin/index.html


井原麗奈(いはら・れな)/1979年兵庫県出身。神戸女学院大学大学院文学研究科比較文化学専攻博士課程修了。博士(文学)。静岡大学准教授を経て、2021年から現職。

視聴環境:iPadとワイヤレスイヤホン

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『琉球楽劇の創始者 玉城朝薫が紡いだ歌舞』

◆上演データ
(昼・夜の部 共通)
第一部 朗読劇「國戯誕生〜玉城朝薫が紡いだ歌舞〜」
原作:大城立裕「花の碑」
脚本・演出:嘉数道彦
振付:玉城匠
音楽:仲村逸夫

玉城朝薫  東江 裕吉
平敷屋朝敏 上原 崇弘
チラー   知念 亜希
踊り    宮城 茂雄(昼の部)・佐辺 良和(夜の部)
語り部   玉城匠

(昼の部)
第二部 組踊「執心鐘入」
中城若松 金城 真次
宿の女  佐辺 良和
座主   宇座 仁一
小僧一  嘉数 道彦
小僧二  新垣 悟
小僧三  玉城 匠
後見   上原 崇弘

(夜の部)
第二部 組踊「二童敵討」
あまおへ     宇座 仁一
鶴松       宮城 茂雄
亀千代      金城 真次
母        新垣 悟
供一       上原 崇弘
供二       佐辺 良和
供三       嘉数 道彦
きやうちやこ持ち 玉城 匠

歌三線 仲村 逸夫
    仲村渠 達也
    玉城 和樹
    大城 貴幸
箏   町田 倫士
笛   宮城 英夫
胡弓  森田 夏子
太鼓  久志 大樹

立方指導:宮城能鳳(執心鐘入)
     眞境名正憲(二童敵討)
地謡指導:比嘉康春

2021年
紀尾井ホール(東京)

◆作品を視聴するには
配信先 観劇三昧
配信開始 1月31日

製作ノート 紀尾井ホールを拠点に芸術・文化支援を行う日本製鉄文化財団が主催。紀尾井ホール開館25周年特別公演として2020年11月に上演されることになっていたが、コロナ禍で中止に。2021年10月に上演された。

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