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【配信作品レビュー】範宙遊泳『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』

名作舞台、映像になって再び劇場へ。

2024.01.31


2023年度にEPADが収集した舞台作品のうち、121本が配信可能になる。語り継がれる名作舞台から、最新の若手の意欲作まで、多様な舞台が映像で見られるようになる。そのリストから1本を選んでもらい、レビューを書いてもらう「配信作品レビュー」。本稿のレビュアーは、ミュージシャンの曽我部恵一さんです。

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だれにも言っていない残りの「私」を持ち寄って作る物語り──範宙遊泳『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』

Text:曽我部恵一(ミュージシャン、ROSE RECORDS主宰)

■『バナナの花は食べられる』の衝撃からさかのぼって


『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』の場面(2013年、撮影:雨宮透貴)

去年再演された範宙遊泳『バナナの花は食べられる』を横浜で観た。衝撃的におもしろく、偏愛と言ってもいいほど好きだったが、どこがどんなふうに気に入ったのかが自分自身皆目つかめず、結局その演劇は今もぼくの中でジクジクと形の定まらぬ生き物のように蠢き続けているのだった。

このたび観た同劇団『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』は、主宰・山本卓卓が2013年に手がけた作品。設定や登場人物なども『バナナの花』よりうんとミニマルではあるが、観客の想像力の根っこをつかんで離さないような力に覚えがある。『バナナの花』に感じた、エロティックで、気持ち悪くて、一級のホラー映画のようにコワくて、サイケデリックでプログレなそんな魅力はたしかにここにもあった。『さよなら日本』は構造的にシンプルであるぶん、その魅力の在処がわかるような気もした。手探りではあるが、そこへ近づいてみたい。

7人の登場人物(1人はミミズである)がなもなき日々を生きている。どうでもよい彼らの人生の脚色のないスケッチ。ぼくには関係ないよと立ち去るには、俳優たちの演技や乾いた台詞にあふれる切迫感にリアリティがありすぎた。舞台に登場しない他者からの言葉は活字として舞台に投影され、ときには原色の照明や演者のシルエットが鮮やかに場面を染め上げ切り取る。この演劇において、誰かを取り巻く世界は、このように積極的に記号として表現される。外的要因が暴力的に乱入するそのやり方に、驚き、のちに納得する。たしかにぼくらはそんな日常に晒されているのだ。

一見ばらばらに見える彼ら。繋がりそうな刹那、また散り散りに離れてしまうその根無し草的な在り方。そこに物語りがある。そこにしか物語りはない、という感覚にぼくは大きな信頼を持つ。何もない場所に物語りが生まれ、動き出し、そしてやがて消滅する。これは「無」に対する拒絶だ、と独りごちてしまう。

■日常と狂気のさかいめのようなものが見える


『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』の場面(2013年、撮影:雨宮透貴)

それぞれに各々の意識や問題を抱えている彼らが、その理由や意義を知ることはない。重要だったり、取るに足らなかったりすることが起こるが、その意味を理解することもない。愚鈍なまでの繰り返し。そして互いを理解し合おうともしないその精神の中での交感。意識もなく善悪の判断もなく取り交わされるコミュニケーション、のようなもの。それが絡み合いもつれ合いながら、今日という一場面を紡ぎ上げる。だれも気づかないままに。

日常と狂気のさかいめのようなものが見える。それがなんともコワい。それはどこにでも転がっていそうで、なおコワい。この演劇は現代社会をなんら誇張せずに描いていると思う。実際、終わっているのだ。さよなら日本、なのだ。クソなのだ。100点満点中3点なのだ。破綻している、当然のようにみんな狂ってるのだ。

そこから始めてそこで終わってみませんか?という作者の問いかけが聴こえてくる。狂っている者たちをそのまま描く。狂っている世界のどこかにぽつんと浮かぶ正常な平穏を探しに行く、のではなく。ここから出発して、何かを手に入れる旅。そんなものを見せられることに、もうぼくたちはうんざりしているのだ。だからこの作品に、ありがとうと言いたい。

危なっかしいギリギリの感覚。向こう側に落ちてしまったらもう戻ってこれないんじゃないかという不安。しかしそんなものは捨てて、落っこっちゃってもいいんじゃないか。結局、ぼくたちを「こちら側」に繋ぎ止めるに足る価値観なんて、すでに存在しないのだから。そして調和がある。美しく折り重なり混ざり合う「それぞれの事情」。まあ、そういうものがあればいいじゃないか。そう思える。たとえばその先に、愛やら答えやら、そんな真実じみた結論を導き出さなきゃいけない筋合いは、どちらにせよないのだ。

ひとりの人間の体裁を保った部分が半分あるとして、残りの半分、だれにも言っていない残りの「私」を持ち寄って作る物語り。ぼくはここに激しく参加したい。


曽我部恵一(そかべ・けいいち)/1971年香川県出身。1990年代初頭よりサニーデイ・サービスのヴォーカリスト/ギタリストとして活動を始める。1995年に1stアルバム『若者たち』を発表。2001年、NY同時多発テロに触発され制作されたシングル「ギター」でソロデビュー。2004年、自主レーベルROSE RECORDSを設立。以後、サニーデイ・サービス/ソロと並行し、プロデュース・楽曲提供・映画音楽・CM音楽・執筆・俳優など、形態にとらわれない表現を続ける。

視聴環境:PC+内蔵スピーカー

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『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』

◆上演データ
作・演出:山本卓卓
出演:大橋一輝、熊川ふみ、埜本幸良、田中美希恵、永島敬三(柿喰う客)、中林舞、名児耶ゆり
2013年
STスポット(横浜)

◆作品を視聴するには
範宙遊泳 公式チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=ZV06IVRy41k

製作ノート 範宙遊泳の作品としては、本稿で取り上げた『さよなら日本-瞑想のまま眠りたい-』と、2022年に上演された『ディグ・ディグ・フレイミング!〜私はロボットではありません〜』の2作品が配信可能となりました。今後の情報は、劇団の発信をお待ちください。

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