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【特集1】「受賞予想対談&全作品レビュー」(山﨑健太・田中伸子)

第67回岸田國士戯曲賞

2023.03.14


>> 第67回岸田國士戯曲賞・最終候補作品は こちらから
  *候補作品が期間限定で公開されています!

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最終候補作から見えてくる現代日本の潮流、その意義と課題は

批評家・山﨑健太と演劇ジャーナリスト・田中伸子の二人が岸田國士戯曲賞の最終候補作品を全部読み、受賞作を予想するこの予想対談。2016年の第60回からウェブサイト「SYNODOS」で掲載してきましたが、今回は、「演劇最強論-ing」第67回岸田戯曲賞特集の第一弾として、掲載!

若手劇作家の登竜門と言われる岸田國士戯曲賞はどんな作品を最終候補に選んだのか。じっくりと各作品を読んでいきます。(企画・構成/長瀬千雅)

山﨑健太(批評家、ドラマトゥルク)
田中伸子(演劇ジャーナリスト)


私たちが予想対談をやる理由

山﨑 私が、岸田賞の受賞作を予想する対談を始めたのは、第60回からです。それまでは、選考対象に一般には公開されていない上演台本が含まれていることもあって、選考委員以外は候補作が読めない状況が長く続いていました。選評も、必ずしもすべての作品に触れているわけではありません。どういう作品が選ばれて、どのように受賞作が決まったか、ブラックボックスになりやすい状況があったと思います。

それが第60回以降は候補作が公開されるようになりました。昨年は選評も、選考委員それぞれが自分がなぜその作品を推したのか、あるいは他の作品を(すべてではありませんが)どのように読んだのかを詳細に書いていて、すごくいいなと思いました。多くの人が最終候補となった戯曲を読んで作品について語り合うことができる環境が整っていることで賞は風通しのいい開かれたものになります。この対談も、そうやって賞を、引いては演劇界を開かれたものにするためのきっかけの一つになればいいなと思って続けています。

田中 私は、演劇が好きな人にぜひ戯曲を読んでもらいたいという気持ちがあります。というのも、上演を観るのとは違う発見があるから。作家の意図をより深く味わうこともできます。日本の演劇、特に現代演劇は、新作主義が根強くて、次々に上演される新作を観るだけで精一杯、戯曲なんて読んでいられないという向きもあるかもしれませんが、せっかく岸田という賞があるのだから、これを機会に戯曲に親しんでもらいたい。そのきっかけになればと思っていますね。


山﨑健太


田中伸子


受賞予想は?

田中 どの作品が受賞すると予想しますか?

山﨑 私は兼島拓也さんの『ライカムで待っとく』を本命にあげます。ダントツによかった。好みで言うと次は『パチンコ(上)』なんですけど、それが戯曲としての面白さなのかと問われるとちょっと困ってしまうところがあります。松村翔子さんの『渇求』もよかったです。

田中 私は同じく『ライカムで待っとく』と、加藤拓也さんの『ドードーが落下する』、中島梓織さんの『薬をもらいにいく薬』がよかったですね。『ライカムで待っとく』と『ドードーが落下する』は、できれば両方受賞してほしいぐらい。

山﨑 2作受賞と予想?

田中 難しいですが、『ライカムで待っとく』のほうが有力かな。

山﨑:
本命◎ 兼島拓也『ライカムで待っとく』
対抗○ 松村翔子『渇求』
大穴▲ 金山寿甲『パチンコ(上)』

田中:
本命◎ 兼島拓也『ライカムで待っとく』
対抗○ 加藤拓也『ドードーが落下する』
大穴▲ 中島梓織『薬をもらいにいく薬』


田中 本命は一致しましたが、それ以外は分かれましたね。

山﨑 どちらもあげなかった作品から話していきましょうか。


上田久美子『バイオーム』

田中 政治家の家に生まれたある男の子が、夜ごと庭へ抜け出して、クロマツの木の下にやってくる。母親は怪しいセラピストに入れ上げていて、娘婿である父親は家族を顧みず、秘書と不倫している。元大臣で抑圧的な祖父と、一家に長年仕える家政婦が絡み、血の秘密が明かされる……という話です。

政治家一家のキャラクターがステレオタイプで、昭和の昼ドラかと思うぐらい、古くさいんですよ。何か狙いがあるのかと思って読み進めても、いい意味で期待を裏切るようなものはなくて。人物以外に、庭の木や盆栽が役として設定されていて、俳優はそれらの役を兼ねるのですが、そのせりふも子どもっぽいと思いました。ファンタジーであることはいいのですが、大人の鑑賞に耐えるものにはなっていないなというのが正直なところです。

山﨑 これは明らかにリーディング(朗読劇)だけを想定して書かれた台本ですよね。

田中 上演を見ましたが、リーディング公演です。

山﨑 これを演劇の戯曲として評価せよというのは無理があるのではないかと、まず思ったんです。舞台セットがない場合など、描写をせりふに練り込む手法はシェイクスピアに遡る昔からありますが、この作品の場合、植物たちがその場で起きていること、起きてはいるけどリーディング公演だからアクションとしては舞台上には表現されていないことを描写する役割を担っています。でもそれは作り手側の都合によるもので、植物が人間の行動を描写すること自体に意味があるようには書かれていないですよね。

政治家一家のどろどろした俗な話と人間の価値観からは超越した植物界が拮抗していれば面白くなったかもしれないですが、両者がべったりとくっついて植物はほぼ人間界の出来事の解説をしているだけなので、人間と植物の1人2役も生きてないと思う。

田中 『バイオーム』というタイトルからすると、アッパークラスと庶民とか、主人と召使いのような、生きる世界の違いみたいなことを言いたいのかなとは思うのですが。

山﨑 それで言うと、本当はこの一家の外に階層や格差が広がっているわけじゃないですか。だけど、この作品には外部がなくて、小さな箱庭の中で起きている出来事しか描かれていない。面白い作品を書く作家だと聞くのですが、この作品に関してはいいところを見つけることができませんでした。


原田ゆう『文、分、異聞』

山﨑 文学座のために書き下ろされた作品で、三島由紀夫が書いた戯曲『喜びの琴』の上演の是非をめぐって文学座が紛糾するという、実際にあった出来事を下敷きにしています。

この作品は、文学座の座員たちが『喜びの琴』を上演すべきかどうかを議論する場面から始まります。ところが、その議論は研究生による議論の再現だということがわりと序盤でわかり、そこからは若き研究生たちの物語へとスライドしていきます。

田中 喜びの琴事件は、語り継がれるだけあって、演劇はどうあるべきかという非常に面白い議論をしているんですよ。それがどんどん違う方向へ話が進んでいって、若者たちが自分たちの問題を語る内容になっていく。

上演を観たときは、そこで「あれっ?」と思ったのですが、考えてみれば、高尚な芸術論を2時間続けたところで、苦しくなるだけなんですよね。若い人たちにとっては、座員になれるかどうかとか、生活できるかどうかのほうが切実な問題で。そういう作家の意図や仕掛けが、戯曲を読むとよりクリアにわかりました。

山﨑 私も上演を観たのですが、喜びの琴事件の話を期待して観にいくと、「あれ? 違う?」となるので、そこで観客が作品の面白さを受け取り損ねてしまう可能性はあるなと思いました。私も、劇場で上演を観たときは拍子抜けというか、期待をすかされたような印象を持ってしまったので。

歴史的な事件を扱った作品として読むと評価できないと思うんです。事件の核心の部分には触れないで、その周辺で起きていたかもしれないことを描いているから。でも、この作品の面白さはむしろそこにある。高尚な議論が交わされている背後に取り残された人たちにスポットライトを当てるのはありだと思いました。それに、喜びの琴事件は、文学座の資金繰りや人間関係の問題でもあったわけですよね。そのことが、若い俳優たちが抱える、生々しい問題を通して見えてくるところも、よくできていると思います。

当たり前のことですが、フィクションも現実と無関係ではいられない。だから、たとえフィクションであっても、演劇であっても、悪ふざけであっても現実問題として言えないこと、できないことはある。喜びの琴事件自体がそういう事件でした。それが若い俳優のやりとりを通して描かれているところもうまいと思います。

田中 上演も悪くなかったと思いますが、戯曲としてのほうが評価が上がりました。


石原燃『彼女たちの断片』

山﨑 予期せぬ妊娠をした大学生が、海外の支援団体から入手した経口中絶薬を服用する、その一晩の話です。大学生をサポートする友人、その母と同僚など、登場人物はすベて女性。その親密な集まりの中で、自分たちにとって大切なこと、だけどこれまであまり語られてこなかったことを、互いに言葉を交わして共有したり、共有できないことを確認したりする。

中絶の問題や、女性の身体の自己決定の問題は、今改めて書かれるべきテーマだと思います。

田中 重要な問題でもあるし、いろんな立場の人を置いて多角的に捉えようとしているのはわかるのですが、演劇ではなくてレクチャーを聞いているのかなと思うぐらい、説明が多いんですよ。

山﨑 そうですね……。この作品は『夢を見る 性をめぐる3つの物語』という書籍に収録されていて、そのあとがきで石原さんご自身も「医療的な情報もたくさん入れ込んだ」と書いています。石原さんは、芥川賞候補になった小説『赤い砂を蹴る』がすごくいいんですよ。シスターフッドを描いているという点では『彼女たちの断片』と共通点もある作品です。戯曲と小説の違いはありますし、そもそも描いているテーマも違いますが、『赤い砂を蹴る』では容易には折り合いをつけられない人間関係やそこで生じる感情が丁寧に書かれていました。だから余計に『彼女たちの断片』は物足りないと思ってしまいました。

田中 避妊や中絶の歴史の説明が連なっていて、生の声があまり聞こえてこなかったように感じます。もう少し、若い世代の実感とか感覚のようなものが入ってもよかったのではないでしょうか。

山﨑 作中で語られている中絶などの問題はもっと積極的に現実でも語られるべきですし、それが共有される場が戯曲として書かれ、また上演を通して観客も劇場という共有の場に参加することができた意義は大きいと思います。


鎌田順也『かたとき』

田中 『かたとき』は、山﨑さんに「これはどう読んだらいいんですか」と聞こうと思ったぐらい、わからなかったんですよ。

山﨑 確かに解説が必要かもしれないと思う一方で、解説は野暮という気もします(笑)。最近はちょっと見れてないんですけど、鎌田順也さんが作・演出を務めるナカゴーやほりぶんの作品を観るとほとんど毎回、おなかが痛くなるほど笑ってしまうんですよね。引き攣った笑いというか、ある種狂気的な笑いでもあるんですけど……。

田中 私は一度も観たことがないのですが、人気のある劇団なんですよね。

山﨑 私の知る限りではモチーフが違うだけでやっていることはどの作品でも同じで、今回も台本を読む限り、基本的な構造は共通していると思います。

『かたとき』は、東京下町の夏祭りの夜を舞台に、お母さんとはぐれた女の子に声をかける不審者が現れたり、不審者によってやぐらが燃やされたりする騒ぎが起きる。ところが不審者は実は自警団で、犯罪を未然に防ぐために犯罪をしていた、という話です。

最初に登場人物というか俳優が順番に自己紹介をしていって、自分はこれから何をやります、と言うじゃないですか。

田中 はい。

山﨑 「これからこういうことが起きます」と言った通りのことが起きるというのを、延々とやるんです。しかも同じことが執拗に何回も起きる。それはつまり、戯曲に書かれていることを繰り返しやるのが演劇だということなんだと思います。メタ演劇ギャグというか。ちょっと格好つけて言うと「戯曲は予言、上演はその成就」ということでギリシャ悲劇にもつながっていると言えなくもない……。全然作風は違いますけど『ライカムで待っとく』に通じる部分もあると思います。

田中 そういう作風を持った作家だと。

山﨑 はい。ただ、上演台本だけ読むと「何を読まされているんだろう」という気分になりますね(笑)。

女の子が「一度覚えたことを何度も何度もやるんじゃありません」って叱られるところとか、読んでいて笑ってしまったんですけど。

田中 上演とセットで評価されるべき作品ということかな。

山﨑 うーん……(笑)。私の知っている範囲ではモチーフが違うだけでどの作品でもやっていることは同じなので、この作品だけを特に評価するというのは難しいと思ってしまいます。ある意味で、そうやって手を変え品を変え同じことを延々とやっていること自体も企みのうちというか。上演では生身の俳優が同じことを繰り返しやる、やらされるからこそ馬鹿馬鹿しさが際立ちますし、身体的な負荷をかけられた俳優の姿を見るのが面白いというところもあるのですが……。

田中 なるほど。私は、その面白さがわからないので、「なんなんだろう、これ」と思ってしまったんです。何回も同じことを繰り返しているなということしかわからなかった。

山﨑 形式が決まっていますからね。犯罪者を先回りして演じる自警団という設定で、形式自体を物語に入れ込んでいるという点では、うまく作っているといえるかもしれません。


山﨑健太


田中伸子


松村翔子『渇求』

田中 自閉スペクトラム症を抱える子どもを育てる母親が、どんどん追い詰められて孤立し、悲劇的な結末を迎える。その過程で、新興宗教にのめり込んだり、キャバクラで働くようになったりする。育てにくい子どもを育てるシングルマザーが、絵に描いたように落ちていく姿が描かれています。

自閉スペクトラム症がどういう障がいかを詳しく知っているわけではないのですが、この戯曲を読めば、相当大変なんだろうということは十分に伝わってきます。母親の苦労はいかばかりかと考えるんだけれども、作品としては、まったく救いがないところが、個人的には受け入れられませんでした。「じゃあこういう子どもはどこで救われるの?」という、悶々とした気分だけが残ってしまって。

山﨑 反対に、母親と子どもが追い詰められていく様がある意味では淡々と描かれているところがこの作品の凄みだと思いました。

田中 母親は新興宗教との出会いで話す相手ができ、子育てに自信を取り戻しますよね。カルトとはいえ、それ自体は宗教の効能とも取れます。しかし水商売を始めると、若い男性に入れ上げて違法な薬物に手を出し、ネグレクトになっていく。ここに描かれていることの何%かは現実にも起きていることだと思うのですが、だからこそ、希望は絶対にあるはずで、作品の中で少しでもそれを見せてほしかった、と思いました。

山﨑 シングルマザーの孤立や障がい児を持った親の孤立というのは、今書かれるべき、読まれるべきテーマだと思います。この作品は、母子がどうしようもないところまで追い詰められていく様子を、説明するのではなく、子どもが1歳、3歳、3歳4カ月、4歳4カ月……とその都度の状況を連ねることによって描いていく。

確かに、結末は救われないものです。でも、各段階でなんらかの救いの手は差し伸べられてもいる。父親も十分では全然ないですけど一応は「俺もやるから」と言うし、カルト宗教だって慰めにはなっている。水商売だって「子育てしながら働ける」と勧められて始めたものです。ただ、それでは救いきれない部分がある。大きいセーフティーネットがないことが最大の問題なんですけど、個人が提供できるレベルの小さいセーフティーネットにはもちろん限界があって、この母子はそこからどんどんこぼれていってしまう。そのことが段階ごとに描かれているんだと思うんですよね。

田中 うーん。戯曲の話をするときに、現実と結びつけすぎるのはどうかという問題もあるんだけど、自閉スペクトラムや発達障がいを持った子どもや、そういう子どもを育てている親は実際にいるので、どこかに希望のかけらを見いだせるような戯曲を読みたかったな、と思うんです。

山﨑 そういう子を持った親のイメージとして、悲惨さとか、救いのなさだけが手渡されてしまうということは確かにあるかもしれない。希望を見たかったという意見もわかります。

救いのなさを手渡す先としては、冒頭に出てくる特殊清掃員の態度が、最後で少し変わるじゃないですか。そこにある死を否定しないというか、見えないものにしてしまわないで、自ら引き受ける。この作品を観客に手渡すことによって何かが少しでも変わってほしいという願いは、あそこに込められていると思います。

田中 そうですね。子ども側の書き込みが足りない気がしていましたが、今話していて、「言葉を発しない子どもがこんな目に遭ってしまったことを、あなたはどう受け止めますか」という作品としては、こういうやり方でよかったという気がしてきました。

山﨑 この作品は、KAATで上演される予定だったのが、事情により公演が中止になってしまったのですが、聞くところによると、子どもの役は人形で表現される予定だったそうです。もしその上演を見ていたら、また少し違う印象を持ったかもしれないとも思います。


金山寿甲『パチンコ(上)』

山﨑 金山さんは、第65回の岸田賞でも最終候補に入っていて、私はそのときも大穴にあげました。今回も冒頭からキラーフレーズの連続で、「もうあげちゃえばいいんじゃない?」と思った(笑)。

「ライフ・ストーリー」というタイトルのラップで始まることからもわかるように、ヒップホップのスタイルで自分のことを語っていく、そもそもヒップホップ自体がそういう要素をベースに持つジャンルですが、私小説テイストの作品です。実家がパチンコ屋を営む在日コリアン3世であるという、金山さん自身の出自を「リアル」なものとして提示することで生まれる凄みがこの作品にはある。もちろんどこまでが「リアル」なのかは観客にはわからないですし、あからさまにフィクショナルな、というか金山さん自身のものではないエピソードも含まれているんですけど……。

特に今回の作品では、形式と中身がぐっと一致した印象があります。自分の出自をある意味で「利用」して、それを肯定も否定もしづらいようなところに観客を立たせながら、それでもそれを面白がらせてしまうところがうまいと思いました。

田中 私は、前回は本命に推しました。今回も読み物としては最高で、言葉のセンスがすばらしい。絶対に歯に衣 を着せないし、社会問題を扱う戯曲はたくさんあるけど、これだけはっきりと言い切ってくれる戯曲は少ないと思うんです。何万回でも拍手を贈りたい気分なのですが、じゃあなぜ本命にしていないかというと、戯曲の賞をとるべき作品なのかというところだけですね。他の賞をもらってもいいと思うんだけれども。

山﨑 もらえる賞ありますかね(笑)。

田中 演劇ではないかもしれないけど、現代詩の賞とか、そういうのをあげたい。本当に素晴らしい作家だと思います。

山﨑 ある意味ではフレーズの切れ味だけで勝負している感じもありますからね。全体としては私小説風ですが、独立したシーンがいくつも並んでいるだけとも言える。

田中 すごくエッジの効いた言葉と、その構成が面白いんだけれども、ストーリーについて考え出すと、「言いたいことを言っているだけ」という結論になってしまいますよね。

山﨑 この戯曲の上演を想像してみたときに、演劇とラップバトルとの違いはなんなんだろうと考え込んでしまいました。戯曲のレベルでは、戯曲の言葉とリリックの違いは何かということになると思います。

田中 それにしても、パチンコ屋の息子でないと演劇なんて金のかかるものやってられないとか、射倖心を煽らないパチンコで満足する人はつみたてNISAやりますよねとか、本当におかしくて。チクチクと世の中を刺していくんだけど、リアルに裏打ちされたチクチクなのがいい。

山﨑 結局、戯曲賞としてはこれを戯曲として評価するかどうかというところが問題になると思うんです。でもそれは作品の面白さとはあまり関係がない。そういう意味ではあげちゃえばいいのにという気持ちもあるんですけど(笑)、授賞するのであれば、選考委員にはなぜこの作品に戯曲賞を与えたのかを言語化してほしいと思いますね。それが演劇とは何かを改めて考え、新しい演劇表現を開くきっかけになると思うので。


中島梓織『薬をもらいにいく薬』

田中 私はこの作品、とてもいいと思いました。西荻窪のカフェでアルバイトをしているハヤマは、不安障害の治療のためにこころのクリニックに通っているが、薬を切らしてしまい、家から出られない。そこへ同僚のワタナベがやってきて、一人では電車に乗れないハヤマに付き添いを頼まれ、二人は羽田空港へ向かうことに……というストーリーです。

ハヤマさんとワタナベくんは、それぞれパートナーがいて、パートナーとの間にちょっとした溝があるんですが、最終的に二人とも、相手に向かって一歩踏み出す。はたから見るとたいしたことは何も起きていないんだけど、ちょっとした出来事の中に、今の若い人たちの心の内側とか感受性みたいなものが自然に、かつあざとくなく描かれていて、「今の若者たちいいじゃん」と素直に思わせてくれる作品でした。

山﨑 その、この作品に出てくる若者たちのよさみたいなところで、具体的にここというところはありますか?

田中 ものごとに対する見方がフラットだというところですね。ワタナベくんはゲイという設定なのですが、これみよがしではなくさらっと出てくる。それぞれ独立した価値観を持っていながら、基本的にみんなやさしい。何かと弱肉強食的な意見が大手を振る昨今ですが、こういう人たちに幸せになってもらいたいし、そのほうがいい人生が送れるんじゃないかと思うんですよね。

山﨑 作品の話からやや離れますが、今の日本の若い人たちということで言うと、二極化している部分もあると思うんです。自己責任を唱えて競争に適応するタイプと、さまざまなマイノリティの存在をフラットに受け入れ、環境問題などにも敏感な、いわゆるZ世代と言われるタイプと。この作品に描かれている若者たちは、どちらかといえば後者のように思いました。

それにしても、登場するのがやさしい人ばかりだというのが、まず気になったところです。ワタナベくんはすごくいいと思うんです。ちゃんと相手の話も聞くし尊重もするんだけど、ものすごく親身になるでもなく、不安障害を持っているハヤマに、いい意味で適当に付き合える。そういう人物を書いているのはこの戯曲の美点だと思う。

一方で、ワタナベくんはゲイですが、ゲイというマイノリティだからやさしい、あるいは、同じ痛みを知っているからやさしいというようにも見えかねない書き方ではあるなと思いました。そういうふうに書かれているわけではないけど、そう見えてしまう。でも、弱さを抱えていなくたって、ワタナベくんのようにあれるほうがいいですよね。

田中 そういう弱さとか少数派であることを含めて、ニュートラルに書かれているところが、好感を持ったところなんです。

山﨑 うまいのは確かなんですよね。でも、うまく書けてしまう分、ほどよいところでまとめてしまってない? という気もする。私としては中島さんの作品では他にもっといいものがあるとも思いますし。

田中 私は、ストレスなく読めるのはかなりの技術だと思うし、やっぱり演劇では「今」のことをやってもらいたいと思うわけじゃないですか。

山﨑 それは本当にそうだと思います。

田中 この作品は「今」の人たちをしっかりと描いていて、しかもそれが、戯曲として提示すべきすぐれたキャラクターだったと思う。そこが高く評価したポイントでした。


加藤拓也『ドードーが落下する』

田中 夏目の姿を追っていくだけで、生きるとはこういうことか……と胸が締め付けられるような思いがしました。それぐらい、いいと思いました。

イベント制作会社に勤めている信也を主人公として、芸人や放送作家、地下アイドルといった、あるコミュニティーを形成する若者たちの群像劇です。夏目は信也より10歳ほど年上で、かつてはそこそこ売れている芸人だったが、現在はバイト生活で、妻の実家に住んでいる。芸人仲間に「死にたい」と電話をかけて姿を消すことを繰り返していて、信也のところにも電話がかかってくる。

夏目がなぜそういう行動を繰り返すかは後半に明かされるのですが、年上の友人である夏目に対する信也の寄り添い方がいいんですよね。他の人たちも、もう付き合いきれないと思いながらも、ぎりぎりのところで切り捨てることはしない。それぞれが発する言葉もリアルだと思います。

山﨑 リアルな言葉があるということには同意しますし、田中さんの言うことはよくわかるのですが……。

田中 やっぱり上演がよかったんですよね。夏目を演じる平原テツが、すごすぎた。あの人の好演がなかったらここまで推 しているかどうか、正直わからない。

山﨑 戯曲に話を戻すと、この作品が夏目のような「変な人」をどう受け入れられるかということを描いていることは確かだと思うんです。「変な人」がそのまま許容されやすい場所として「お笑い」の世界が描かれている。

田中 作者の加藤さんにとって身近な世界だということもあると思う。

山﨑 お笑いとか芸能の世界は、変な人であることが許される世界だけど、一方でそれは、イジられることと表裏一体で、区別がつかない。そこには確かにいられるんだけれども、ケアをされているわけではないんですよね。信也はケアに近いような関わり方をしますが。

作中では、坂本というバイトリーダーが出てきて、夏目に対してあからさまなイジリをするんですが、世間一般ではそっちのほうが「普通」にあることだと思うんです。でも、お笑い界の外側の人間は坂本しか出てこないので、世間が夏目をどう受け入れているかということと、夏目のまわりのお笑い界の人間が夏目をどう受け入れているかということの差がはっきり描かれているわけではないと思うんです。

田中 世間とお笑い界の差がないというのは、そうなんじゃないですか? そもそも彼らは夏目が統合失調症だということを途中まで知らないわけだし。ちゃんと薬を飲んでいるかすら管理されていなくて、ドツボにハマっていくわけだから。お金がなくて飲まないというのもあるけれど。

お笑い界の人たちは、信也ほど親身ではなくても、関わってはくれているわけですよね。しかも、「心配してるふりをしてるみたいなこともあるかもね」と言っているように、客観視もできている。「あの人は昔面白かったんだよ」みたいな認識もある。

山﨑 夏目自身に「入院中、他の患者とか皆ボケてる訳じゃないのに俺と同じでおかしいからつっこみたくなるんだけど、つっこんじゃいけないのよ」と言わせていたりもするので、世間一般と、夏目の周辺の世界の差みたいなものは、作家は意識して書いているんですね。だから、私としては、そこの危うさがもっと書き込まれていてほしかった、ということになるかもしれません。お笑い界のイジリは、いじめにスライドし得る危うさを持っていると思うので。

田中 心の問題って、他人から見えないじゃないですか。夏目がどんな問題を抱えているか、周囲は知らないわけですよ。そして夏目はそのことを公表したくない。芸人だからといってそれでバズりたくはないわけです。みんなと同じでいたい。だけど、みんながサクサクと女の子をナンパしたり、バイトをうまくこなしたりする中で、自分だけが取り残されて、落っこちていく。その切迫感が切なく描かれていたところを、私は評価したいんですよね。


兼島拓也『ライカムで待っとく』

山﨑 兼島拓也さんは沖縄在住の劇作家で、この作品はKAATのプロデュース作品として書き下ろされました。私も上演を見るまでこの作家のことを知らなかったのですが、ものすごく面白かったです。聞くところによると、兼島さんが脚本を務めたNHKのラジオドラマを聞いたKAATの人が、「この人がいいんじゃないか」と言って、この企画は実現したそうです。だからこれに関しては、「KAAT、グッジョブ!」とまずは言いたい。扱うテーマという点でも、作家の発掘という点でも、あるいは創作のために十分な時間や環境を与えるという点でも、公共劇場として素晴らしい仕事をしています。

田中 ものすごくいい戯曲でした。素晴らしかった。カルチャー誌の記者が主人公で、彼はとあることから、かつて沖縄で起きた米兵殺傷事件について取材してくれないかと頼まれます。取材を頼んできた沖縄出身の女の子の祖父の若い頃の写真を見せられるのですが、それが自分とそっくりである、と。その祖父というのが、事件のキーになる人物で。それを導入として、事件が起きた1964年と現在を行き来するように物語が進んでいきます。

山﨑 この作品は、実際にあった事件に取材したノンフィクション(伊佐千尋『逆転』)に着想を得て書かれています。沖縄は「被害者」としてメディアに取り上げられたり物語に描かれたりすることが多いですが、この事件に関しては沖縄の人は加害者でもあるというねじれがある。その割り切れなさが根底にあることで、観客もこの物語を単なる悲劇として消費することができなくなっていることがこの作品では大きな意味を持っています。

田中 単に沖縄の話ではなくて、「誰にでも起きうることなんですよ、それはあなただったかもしれないんです」ということもちゃんと組み込まれていて、非常に読み応えがありました。

山﨑 書くことが歴史をつくる、あるいは反復するというテーマも作品に組み込まれているので、そこで提出された問いは戯曲を書いた兼島さん自身にも跳ね返ってくる。問いを観客に手渡しながら、自身も引き受ける誠実さのようなんものを感じました。

田中 ちゃんと「今」の話になっているんですよね。

山﨑 一口に沖縄といっても、世代によって米軍や本土に対する感覚はかなり違っていると聞きます。今の沖縄の若者の感覚が戯曲に反映されていることも、現実の単純化という罠を避けるのに有効に働いていると思います。

なにより終わり方にやられました。この作品は、フィクションが歴史的な出来事を描くときに、単なるお話で終わらせてしまうことも批判している。それをどう終わらせるんだろうと思っていたら、いや、そうくるか、と。

田中 あと、「沖縄は日本のバックヤード」 だという言葉が印象的でした。あのせりふはこれからもずっと覚えているんじゃないかなと思う。

山﨑 褒めるところしかないと、あとは読んでくださいと言うしかないですね(笑)。

田中 ほんとにそう。

山﨑 『悲劇喜劇』(2023年1月号)に掲載されていますし、白水社のサイトで候補作を公開中なので、ぜひ読んでみてほしいです。

田中 沖縄に関して、みんな言いたいことはいっぱいあると思うんですよ。昨年は本土復帰50年でいろんな作品が書かれましたが、きちんと今の人たちに届けることができているという点で、抜きん出ていたのがこの作品だったんじゃないかなと思います。


振り返り

山﨑 今回は『ライカム』が圧倒的によかったですね。

田中 すべての作品について話しましたが、予想は変わらず。

山﨑 今年の候補作には、中絶、精神疾患、ネグレクトと、近年の日本社会で改めて個人の権利の、そして社会全体の問題として問い直されているトピックを扱った作品が並びました。ここには確実に現代日本の潮流が反映されていて、LGBTQ+を中心的に描いた作品がここに入っていないのが逆に気になってしまったくらいです。

しかし同時に、誰が現代日本の潮流を反映しているのかということは一つの問題でもあると思います。個々の作品には、作家が今を生きている以上、現代社会のある種の傾向のようなものが自然と反映されることになる。でも、戯曲賞の最終候補作のラインナップとなると、そこにはそれを選んだ人や組織の意思や思惑が入ってくる。そうなったときに、作品の質よりも扱っているトピックのほうが重要視されるような事態になってはいないかというところは気になりました。

扱うべきトピックを扱っている作家を評価するという意味では、戯曲賞の最終候補作のラインナップがそういう作家を紹介する機能を担うことは必ずしも悪いことではないとも思う。でも、現在形の問題を扱っている作家をきちんと紹介することは、本来はジャーナリストや批評家の仕事で、戯曲の評価とはまたちょっと別の問題です。演劇のメディアがもっとちゃんとあって、ジャーナリストや批評家がきちんと仕事をしていれば、岸田賞がその役割を担う必要はないはずで、そういう意味ではこの批判は私自身にも返ってくるものでもあるんですけど……。

田中 私は、『ドードーが落下する』や『薬をもらいにいく薬』のような、今を生きる若い人たちの苦しさというか、絞り出した声みたいなものが強く印象に残りました。今を描いているもの、今の人たちに届くものが受賞してほしいですね。


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山﨑健太(やまざき・けんた)
1983年生まれ。批評家、ドラマトゥルク。演劇批評誌『紙背』編集長。WEBマガジンartscapeでショートレビューを連載。他に「現代日本演劇のSF的諸相」(『S-Fマガジン』(早川書房)、2014年2月〜2017年2月)など。2019年からは演出家・俳優の橋本清とともにy/nとして舞台作品を発表。作品に『カミングアウトレッスン』(2020)、『セックス/ワーク/アート』(2021)、『あなたのように騙されない』(2021)、東京芸術祭ファーム2022 Farm-Lab Exhibitionでの国際共同制作によるパフォーマンス試作発表『Education (in your language)』(2022)、『フロム高円寺、愛知、ブラジル』(2023)。
artscape: http://artscape.jp/report/review/author/10141637_1838.html
Twitter: @yamakenta

田中伸子(たなか・のぶこ)
演劇ジャーナリスト、The Japan Times演劇担当。2001年より英字新聞 The Japan Timeの演劇担当として現代演劇、コンテンポラリーダンスに関する記事を執筆するほか、新聞、演劇専門誌などの日本語メディアにも記事を寄せている。
バイリンガル演劇サイト:jstages.com
https://www.japantimes.co.jp/culture/stage/
観劇ブログ:芝居漬け https://ameblo.jp/nobby-drama

【特集】第67回岸田國士戯曲賞

第67回岸田國士戯曲賞(白水社主催)と特集します。 選考委員は岩松了、岡田利規、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹、本谷有希子、矢内原美邦の各氏(五十音順、敬称略)です 選考は、2023年3月17日[金]17時~