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<先月の1本>餓鬼の断食 vol.2 「対岸は、火事」 文:山口茜

先月の1本

2022.06.20


良い舞台は終わったあとに始まる。強く長く記憶されることが、その作品を良作に成長させていく。けれども人間の記憶は、記録しないと薄れてしまう。「おもしろかった」や「受け入れられない」の瞬間沸騰を超えた思考と言葉を残すため、多くの舞台と接する書き手達に、前の月に観た中から特に書き残しておきたい1作を選んでもらった。

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「何者にもなれない時間の連続の中で」

6人の若い男女がAirbnbで借りたらしい家に集まってくる。荷物を置いて、部屋割りをし、喉が乾いたから買い出しに行って、餃子パーティをすることになり、材料を買い出しに出かける・・・と言う流れの中で、集まったものたちの思いや関係が徐々に浮かび上がってくると言う話。とにかく素晴らしかったのは、かなり稽古をつんだであろう、そのテンポの良さ。関西弁話者の若者たちが、時折私の知らない単語を挟みながら、リズミカルにセリフを積み上げていく。そのテンポが心地よい。色々歳のせいで気になることが出てくるのだが、とにかくテンポが良いので「ま、いっか」となる。ちなみに知らない単語を後からネットで調べてみたら、女子高校生の間で使われている言葉と出てきた。本当に、耳にしたことが一度もない言葉が、いくつも出てきた。

この6人はどう言う集まりなのか。「餃子を作る会」ではなさそう。なぜなら4ヶ月前に入った「かおりん」は、餃子パーティに参加するのが今日初めてなのだ。「ノボル」と「ナオ」は高校が同じ。だがそれ以外の人は大学やサークルが同じと言うわけでもない。バイト仲間というわけでもなさそうで、ますます一体何の会だと不思議になってくる。ただその謎は、時間を追うごとに、どうしても明らかにしなくてはならないと思えなくなっていく。なぜなら舞台上の壁にはテープでバナナが1本貼り付けてあったり、おまるが突然登場して、その後誰にも言及されずにラストまで放置されたりするからだ。そのおまるもまた、典型的なアヒルのおまるで、今時の子育て世代があまり使わないもの。昭和レトロですね。そして何の前触れもなく、突然バナナは食べられる。そうされることがまるでルーティンであるかのように、バナナを取るものは、その手元に目もくれない。

外では戦争反対のデモが行われている。対する室内では若者たちの恋愛模様が描かれる。
この設定は、平田オリザさんの「東京ノート」や岡田利規さんの「三月の5日間」を彷彿とさせる。作者である川村さんは、世界で起きる大きな事件に興味が持てず、目の前の恋愛にうつつを抜かしてしまうことを、取り扱いかねているように感じる。

登場人物のほとんどにサブテクストのようなものは見当たらず、喋る言葉や、見せる表情は、そのままその人物の奥底の気持ちと同期しているように見える。そんなはずはない、と観客はいろいろ勘ぐるのだが、最後まで見てもやはり、見当たらない。それはしかし悪いことではなく、ただシンプルに6人で集まることが重要だったと言うメッセージにも思える。そこに見ることのできる刹那的な、しかし彼らにとって重要な親密さは、多くの若者に手触りのあるものだろう。ただ一緒にいるということ。餃子も恋愛もバナナもアヒルもどれにも意味はなく、ただ、その身体を、寄せ合わせていたいということ。だからこれを意味のある凝縮にする必要はない。ただし川村さんはその意味のない散らばりを観客に見せ続ける事が容易ではないと言う点に自覚的であるために、ただただテンポをよくする。私たちはテンポの良さだけで、彼らを見続けてしまう。何か空恐ろしいものを感じるのも確かなのだが、ふと2歳の我が子の胸が、とんでもない速さで鼓動しているのを思い出して、それが若さによるものなら今しか味わえない貴重な体験であるような気がしてくる。

サブテクストがないとは書いたものの、登場人物それぞれに、バックグラウンドはある。ただ例えばその生い立ちは語られるだけで、それによって物語が複雑に展開するということはない。ただ、勉強が好きであったり、音楽に詳しかったり、というキャラクターの側面という形でしか表現されない。そのさらに奥には、親との葛藤もあるのだが、それもまた、サブテクストとして彼らを振り回したりはしない。あるいはまた、ある人物には、身体の関係を持った女性と、今好きになって付き合いたいと思っている女性がいるのだが、それが露呈することで女性同士の仲が壊れるようなことはなく、そもそも2人の女性はどちらも自分を求めていない、と言うことが起きる。だから彼はどちらかを選ぶと言うような葛藤に苛まれることなく、誰にも求められていない時間をただ、過ごしている。

今はこのように、非常に一面的で、かつ特に重要でない情報が次々に消化されていくテンポの良い世界にいる彼らも、これからどんどん複雑な世界に足を踏み入れていくことになるだろう。私は目の前の劇を見ながら、彼らがそれを、無意識に予感し、武者震いしているように思った。例えば、閉まろうとする自動ドアに手を差し入れたり、わざと水たまりの中に足を踏み入れたり、そういった危険や汚れの中に身を投じたいという冒険心。危険であることより、何が起こるのかわからないことへの尽きない好奇心。幼少期、もしかしたら大人たちに抑圧されてきた、その豊穣な冒険心を、いよいよ自由に解き放つことのできるフェーズに来たのだ。その直前で、踊っている若者たち。何者でもない、何者にもなれない時間の連続の中で、恋愛や勉強ではない何かにこれから身を委ねる予感への期待。それが私には眩しかった。

話の終盤で、腹を殴るシーンがある。正義からくる怒りを表現する方法が暴力なのだ。遠くの暴力には興味が持てないと言う設定であるにもかかわらず、自分の怒りはそのまま暴力に置き換える。戦争は一面的な悪によってなされるものではない。こういった正義のもとに堂々と行われるから厄介なのだ、と言うように。

俳優はぬまたぬまこさんが特筆すべき安定の演技で、観客として安心して身を委ねることができた。もちろん全員が、あのテンポをキープしたまま演技をしていたのだから、その素晴らしさは言うまでもない。


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やまぐち・あかね/1977年生まれ。劇作家、演出家。合同会社stamp代表社員。主な演劇作品に、トリコ・A『私の家族』(2016)、『へそで、嗅ぐ』(2021)、サファリ・P『悪童日記』(2016)、『透き間』(2022)、トリコ・A×サファリ・P『PLEASE PLEASE EVERYONE』(2021)など。

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【上演記録】
餓鬼の断食 vol.2「対岸は、火事。」


2022年5月27日(金)~29日(日)
大阪・ウイングフィールド
作・演出:川村智基
出演:
川村智基(餓鬼の断食)
志村萌
玉井敬大(できぞこないアイス/劇団カチコミ)
西山和輝
ぬまたぬまこ(劇団おやすみのじぎく)
箱崎このみ

餓鬼の断食公式Twitterはこちら

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