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<先月の1本>コンプソンズ『イン・ザ・ナイトプール』文:丘田ミイ子

先月の1本

2022.05.21


良い舞台は終わったあとに始まる。強く長く記憶されることが、その作品を良作に成長させていく。けれども人間の記憶は、記録しないと薄れてしまう。「おもしろかった」や「受け入れられない」の瞬間沸騰を超えた思考と言葉を残すため、多くの舞台と接する書き手達に、前の月に観た中から特に書き残しておきたい1作を選んでもらった。

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個人と劇団の発展を同時に痛感する作品

演劇の媒体は「プレイガイド」という趣もあり、これからの演劇について語る(そして語っていただく)機会がどうしても多くなる。しかし、それだけでは当然作品やカンパニーの魅力は言い尽くせない。かといって、観劇後すぐに言葉にしてしまう勿体なさもまた然り、結局少しの時間を置いて、140字の個人的なその窓にぽつりぽつりと言葉を落としていくのであるが、そこは時に公道、世は配慮の時代でもある。「公演中に書かなくては!」と謎の使命感に駆られたり、「これはネタバレかも」などとあれこれ考えているうちに、心にアーカイブしておきたかったことが、するん、と抜け落ちてしまうこともしばしば。そんな中始まったのが、ありそうでなかったこの企画<先月の1本>である。少々長くなってしまったが、演劇についての「これから」だけでなく、「これまで」について残すことのできる有り難みについてはどうしても触れておきたかった。

さて、ここからが本題。私が選んだ<先月の1本>は、王子小劇場で上演されたコンプソンズの『イン・ザ・ナイトプール』(佐藤佐吉演劇祭2022参加作品)である。その魅力を語るにあたっては、やはりもう少し前の「これまで」に遡る必要がある。コンプソンズは2016年に主宰の金子鈴幸・星野花菜里によって発足。これまで金子が作・演出を手がけた多くの作品は、あらゆる劇場で相当なインパクトと類を見ない個性を残してきた。私が知るコンプソンズは#6『ノーカントリーフォーヤングメン』以降であるが、その後のパブロ学級×コンプソンズ『シブヤから遠く離れない(シモキタ)』、『WATCH THE WATCHMEN(we put on masks)』、そして、大盛況となった『何を見ても何かを思い出すと思う』と、どれもが全く似ていない作品群である。

コンプソンズのすごいところは、毎回観終わった後、その貫徹に「か、解散するのかな…」と思わせてしまうところだと私は思っているのだが、その点において『イン・ザ・ナイトプール』は、本領と言っても過ぎない。

まず、金子の名前が作・演出にない。「じゃあ一体誰がやるの?」と言うと、メンバー4人なのだから、その果敢なチャレンジ精神にまず驚いてしまう。宝保里実、細井じゅん、鈴木啓佑、大宮二郎がそれぞれ手がけた『ホットライン』、『confession』、『走光』、『東京』の短編4作で送る本作。「番外公演?」と誤解する人も多くいたらしいが、四種四様、全く毛色の違う作風でありながら、全てがまごうことなきコンプソンズ作だと感じさせてくれたその仕上がりを観ると、本公演も本公演ということは言うまでもない。
それぞれの作品について振り返る。

『ホットライン』は、地元で再会した同級生の女二人を巡る一夜の物語である。一言で言うと、不穏。人の温度で生ぬるくなったプールの床に素足を落とす時、あるいは、濡れた水着を蒸れた更衣室で脱がなければならない時の妙な焦燥と羞恥。そんな湿度の高い居心地の悪さである。宝保企画に『ストレスレベルゼロ』という過去作があるが、本作はそれで言うと、ストレスレベル100。観ている側の、というよりも、その状況に立ち合わねばならないことへのストレス。つまり、冒頭からずるん、とその閉塞的な地方都市に引きずりこまれてしまう。

一人はその名も思い出されず、一人は「アダルトビデオに出演していた」と噂された過去を持つ。弱みを握っているのか、握られているのか、とにかく悪い予感しかしない。そこに現れるのは、状況をさらに掻き乱す二人の男。客演の神山慎太郎(くらやみダンス/ガガ)演じる男が場にかけるフラストレーションがまた凄まじく、鈴木啓佑は「他に誰がやるの?」レベルのハマリ役であった。ホットさもホッとさもまるでない歪な関係のまま、「遮断」したようにも「開通」したようにも見えた二人の姿、で幕を閉じる。それは人と人の「分かり合えなさ」であり、同時に「分かり合いたさ」であるように感じた。実はとても文学的で、社会の一角を映し出した作品でもあった気がして、長尺でも観てみたくなった。

続いて『confession』。こちらは、手放しで笑わせてくれる、高純度のナンセンスコントである。細井じゅんと忽那文香(ダウ90000)演じる幼なじみの男女が一風変わった花見に興じているところに、その桜の木の下で告白をしたいからどいてくれ、という男(大宮二郎)が現れる。花見を譲らない二人に焦れる男の様も笑えるのだが、待望の中現れたその相手(星野花菜里)が「告白される女」というイメージを瞬時に転覆させる狂女であるのがまた面白い。出演者全員が間の魔術師、間術師である。中でも独特の磁場を張り、素っ頓狂な振る舞いを貫き倒す忽那は目玉的見どころと言ってよく、その全てを受け止める細井の懐の大きさもまた魅力であった。飽和するボケ、告白にツッコミに忙しい大宮も決して減速はしない。セリフの応酬、そのテンポが素晴らしく、花の見頃同様あっという間に終わってしまった。

3作目の『走光』は電車内で起こる事件をなんとか避けようとするタイムループもの、そこでまさかのボーイミーツガール、実はラブロマンスなのであった。時間と同時にこちらの想像も易々と越えていくその展開が見事で、ループを次ぐ毎に恋の終わりを着実に予感していく男(大谷博史)のめくるめく横顔がまた切ない。その傍らで榊原美鳳(ハダカハレンチ)演じる車掌は社内不倫ならぬ車内不倫に勤しみ、その不遜さと滑稽さが純愛とのコントラストをコミカルに縁取る。『ホットライン』で気味の悪さを全身にまとっていた宝保は打って変わってヒロインへ、愛らしくファンシーな存在感を存分に光らせた。恋って光だな、それも一瞬の。キレたら何をしでかすかわからない危険な男があまりに似合う鈴木であるが、紡ぐ物語はとても優しい。俳優陣の振れ幅を堪能できるという点においても、短編四作という形態はとても価値があるように感じた。

残すは、最後だよ、全員集合!の『東京』である。ラストに相応しく、そして最もコンプソンズみのある大円団的作品であった。「多少の脚色はありますが、全て事実です」と描かれるのは、「この1年でコンプソンズに起きた出来事」らしい。いつだって「タイムリーであること」にフューチャーし、「今」との並走や「新しさ」の更新を絶やさないのがコンプソンズなのだ。炊飯器に封じ込められた金子を救うべく、コンプソンズ御一行は世界の果てへと旅に出る。メンバーはもちろん、コンプソンズに扮する客演陣の大暴れも見どころである。スピリチュアルな力により金子の解放を試みるも、引き換えに提示された条件は「一番大切な記憶の抹消」であった。それが何に関する記憶であったか、それだけはなんだか、容易に書いてしまうことをやめておきたい。公演は終わっているのだけど。ここまでネタバレしておいてなんだけど。ただ一つ言えることは、この時もやっぱり私は「解散するのかな」と思ったのである。

『ホットライン』の緊張から『confession』での緩和、『走光』でロマンスに接続し、大号令のもと終着は『東京』へ、ホームスイートホーム、愛する我が家なのであった。そんな四人が紡いだ短編作をれっきとしたコンプソンズ最新作に昇華させたのは、全作に出演した星野花菜里ではないだろうか。彼女なしでは「コンプソンズ」も『イン・ザ・ナイトプール』も語れない。支柱なのである。そして、姿はなくとも、縁の下の力持ち、ではどうも言葉足らず、その屋根であり扉であるのがやはり金子鈴幸だ。金子の封印、その不在が強烈な存在感として流れている本作はまさにコンプソンズの新境地であり、同時に真骨頂であった。5人も書ける人間のいる劇団はそうないだろう。来たる5/25からは、別冊コンプソンズvol.1『ビニール』が開幕する。よかった、解散じゃなかった。公演情報が出るたび、私はこんな風に胸を撫で下ろしている気がする。

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おかだ・みいこ/フリーライター。2011年から雑誌を中心に取材執筆活動を開始。演劇、映画などのカルチャーを中心に、ファッション、ライフスタイルなど幅広く手がける。エッセイや小説の寄稿、詩をつかった個展も行う。

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【上演記録】
コンプソンズ#9「イン・ザ・ナイトプール」

写真:コムラマイ

2022年4月5日 (火)~10日(日)
東京都 王子小劇場
脚本・演出:細井じゅん、大宮二郎、宝保里実、鈴木啓佑
出演:星野花菜里、細井じゅん、大宮二郎、宝保里実、鈴木啓佑
大谷博史、神山慎太郎(くらやみダンス)、忽那文香(ダウ90000)、榊原美鳳(ハダカハレンチ)

コンプソンズ公式サイトはこちら

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