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<先月の1本>劇団唐組『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』文:私道かぴ

先月の1本

2022.05.21


良い舞台は終わったあとに始まる。強く長く記憶されることが、その作品を良作に成長させていく。けれども人間の記憶は、記録しないと薄れてしまう。「おもしろかった」や「受け入れられない」の瞬間沸騰を超えた思考と言葉を残すため、多くの舞台と接する書き手達に、前の月に観た中から特に書き残しておきたい1作を選んでもらった。

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令和の少年は劇団唐組の演劇を観るか?

「あの、ここで何が見れるんですか?映画?」

スケートボードを片手にした少年が、列に並んでいた一人に尋ねる。声をかけられた年配の男性は、少し間をおいて「演劇です、演劇」と答えた。

「へえ…演劇」とつぶやきながら、目の前の造形物を見上げる少年。そのうち「何だったー?!」と遠くから声をかけられ、「演劇だって―!」と叫んで仲間の元へ帰っていった。その光景を眺めながら、「あの頃の新宿でも、きっとこうした会話があったんだろうなあ」と思う。

劇団唐組の、紅テント。

少年たちのいつものたまり場に、突如現れた異質な光景。つんと天に向かって突き出したテントへ、人間たちがぞろぞろと入って行く。「整理番号〇番までの方、ご入場ください!」という、劇団員の腹の底から発された声が、公園を突き抜け周囲の建物に反響して戻って来る。観客は整理番号を返却し、消毒液で濡れた手をこすりこすりテントの中へ入る。薄暗い劇場内には、しずかに熱気を帯びた沢山の人、人、人…。ここに至る全ての光景を演出として、遂に上演が始まった。

今回観劇したのは、神戸・湊川公園で上演された『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』だ。状況劇場時代に上演された演目で、劇団唐組では初の上演だという。舞台は相愛橋のある横丁の傘屋。店主のおちょこと、傘の修理を依頼しに来た石川カナ、傘屋に居候している檜垣を中心に話は進んでいく。やがてある歌手のスキャンダルをめぐって物語は思わぬ展開に…。稲荷卓央氏扮する檜垣が真っ直ぐな演技で一気に物語の世界に引き込めば、おちょこ役の久保井研氏が軽快な語り口でふっと客席を和ませる。そのうち、観客は畳みかけるようなセリフの濁流に飲まれる。脳が意味を読解し終わらぬうちに耳につぎつぎ流れ込んでくる言葉の数々。テキストに対抗するように身体を激しく駆使する俳優たち。板の上で繰り広げられる言葉と身体の格闘技を目撃しているような気持ちになる。その応酬を見続けるにつれ、なぜだろう、徐々に引っかかりを感じ始めた。

やがて「あははは」と続けざまに客席から笑いが起きた時、その正体をはっきりと意識する。どうやらこの格闘技について行っているのは、ある一定の年齢以上の方が多いようだ。笑いが起きる度、その理由がわからなくて困惑する。おそらく1970年代当時の時事ネタなのだと思う。時には、今では一般的に使うことをはばかられるような言葉も出てくる。こちらは逐一どきりとするのだけれど、物語はそういうものだという顔でどんどん進んでいく。
こうしたシーンを繰り返し観ているうちに、取り残されたような気持ちになってくる。
わかりたい、でも、わからない…。

湧いてくるのは、「なぜ現代の言葉遣いや時事問題に改変して上演しないのか」という考えだ。でも、そんなこと上演する側は百も承知だろう。では、あえて変更しない理由は何なのか?

物語は後半に差し掛かった。人間模様が更に色濃くなってくる。役者は髪を振り乱し、どこまでも続く長台詞に息を上げ、目は爛々と輝き出す。

その熱を帯びた演技を観ていると、ふと「古典芸能」という言葉が浮かんだ。古典の中にも、現代では少しはばかられるような設定がある。しかし、それが現代まで受け継がれてきた背景には、おそらく「ここは変えてはいけない」「今は変えるべき時ではない」という時代ごとの人々の思いがあったのだと思う。だとすると、その判断の向かう先は…。
今一度、板の上の役者を見つめる。額に汗する姿を観て、そうかと合点がいった。
目の前の身体は、設定や台詞が変わらないからこそ、当時の演技をありありと体現していた。作品を変えないことで、当時の役者の身体を、舞台上に出現させることに成功していたのだ。
「あははは」と再び笑いが起きる。年齢を重ねた笑い声の主は、かつてこれと同じ身体を観ただろうか。今ふたたびこの演技を前にして、一体何を思うのだろうか。

そんな哀愁に飲まれそうになった終盤、思わぬことが起きた。
大人数の役者が一挙に出現し、舞台を埋め尽くしたのである。驚いたのは、現れた肉体が、皆一同に若く初々しかったことだ。
おそらく劇団の若手の方々だろう。まだ役者として統一されていない身体は、一見すると雑多だが、そのシーンでは明らかに眩しく印象的だった。これから先の劇団を支えていく身体が彼ら彼女らであるということを感じさせ、心の底からわくわくした。

最後にはもちろん、お馴染みのあの演出。テントの奥が取り払われ、目の前に広がる街の風景を眺めながら、この数時間で、時代をいくつか旅してきたような気持ちになった。
状況劇場から劇団唐組へ名前が変わっても、昭和から令和へ時代が変わっても、そこには変わらない「いまこの時代へのメッセージ」の空気が濃く漂う。

この先待っているのは、継承か、革新か。
劇団唐組は、うずうずした若い魂を抱えながら、来るその時を待っている。
その先には、あのスケートボードの少年たちも一緒になって観られるような世界があってほしいと願う。

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しどう・かぴ/1992年生まれ。作家、演出家。「安住の地」所属。人々の生きづらさに焦点を当てた会話劇や身体感覚を扱った作品を発表している。身体の記憶をテーマにした『丁寧なくらし』が第20回AAF戯曲賞最終候補に、動物の生と性を扱った『犬が死んだ、僕は父親になることにした』が令和3年度北海道戯曲賞最終候補に選出された。国際芸術祭あいちプレイベント「アーツチャレンジ2022」において映像作品『父親になったのはいつ? / When did you become a father?』が入選。

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【上演記録】
劇団唐組 第68回公演「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」

©️唐組

2022年4月23日~6月12日
東京:花園神社、岡山:岡山市旭川河畔・京橋河川敷、神戸:湊川公園、長野:長野市城山公園 ふれあい広場
作:唐十郎
演出:久保井研+唐十郎
出演:久保井研、稲荷卓央、藤井由紀、福原由加里、加藤野奈、大鶴美仁音、重村大介、栗田千亜希、升田愛、藤森宗、
松本遼平、西間木美希、工藤梨子/全原徳和、友寄有司、影山翔一、オバタアキラ、岩田陽彦

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