演劇最強論-ing

徳永京子&藤原ちから×ローソンチケットがお届けする小劇場応援サイト

【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2016/2)―シルク・ドゥ・ソレイユ『トーテム』

ひとつだけ

2016.02.1


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?

2016年2月 徳永京子の“ひとつだけ”シルク・ドゥ・ソレイユ『トーテム』
【東京公演】2016/2/3[水]~ お台場ビッグトップ
【大阪公演】2016/7/14[木]~ 中之島ビッグトップ(特設会場)
ほか、名古屋、福岡、仙台にて開催。
トーテム(Photo OSA Images Costumes Kym Barrett © 2010 Cirque du Soleil)
【Photo: OSA Images Costumes: Kym Barrett © 2010 Cirque du Soleil 】

* * *

 以前からことあるごとに、小劇場のファンとつくり手に「チケット代は高くても、大きい空間で上演される良質な作品を観てほしい」と書き続けてきて、それがどれだけ意味があることなのかほとんどわからないし、2月の東京近郊の話題作ラッシュもよく知っているけれど、それでも書く。シルク・ドゥ・ソレイユ(以下、シルク)の『トーテム』を強くお薦めする。

 20年以上前からフジテレビが招聘し、ほとんどの作品で全国ツアーを行っているシルクは、大量のテレビCMや駅張りポスター、特別番組などがセットになっているため「名前は知っている」という人は多いはずだ。目の端に入って来た情報から「ピエロみたいなメークをした人達が肉体技を披露する」と認識している人、その賑やかさから食わず嫌いの人も少なくないと思う。確かにピエロみたいな役回りの人は度々登場するし、世界トップレベルの肉体技が次々と披露されるのだが、そのイメージだけではあまりに上辺止まりだ。

 カナダ・ケベック州で誕生したシルク(ケベック州の公用語はフランス語なので「シルク」はサーカスのフランス語読み)は、今回の来日公演作品『トーテム』のサイトに「84年に大道芸から始まった小さなサーカス集団」とあるが、留意したいのは、欧米と日本ではサーカスに対する認識がかなり違うということ。カナダやフランス、ロシアなどではいくつもの専門学校、さらには国立大学もあり、一部の国では大道芸人は国家資格になっている。つまりサーカスは、確立されたパフォーマンスの一分野であり、そこに従事する人の社会的地位は高く、技術の革新や表現の研鑽は恒常的に行なわれている芸術なのだ。

 その中でもシルクは「小さなサーカス集団」から、いまや世界のサーカスを芸術面でも興行面でも牽引する存在になった。現在、20本のレパートリーが世界各地で上演され、擁するスタッフとアーティストは5000人以上。こうした展開の手広さや規模は、もしかしたらディズニーを連想させるかもしれないが、ディズニーが徹底して生身の人間を隠して夢の国を構築しているのに対して、シルクはあくまでも人間の肉体を前面に押し出して、奇跡のような本当をつくる。

 次々と繰り広げられるパフォーマンスを分析すれば、跳躍力やバランス感覚、脚力や筋肉、柔軟性や調和力など、人間が本来持っている身体能力を鍛え上げ、組み合わせ、洗練させて生み出した──どれだけ超人的か知っていてあえて逆説的に書くが──に過ぎない。だが、衣裳や小道具、あるいは建材まで、必要とあらば素材から開発し、舞台機構も独自に設計するという贅沢なメカニックが、パフォーマーの最高の瞬間を少しでも長く、よりアップで、一層美しく見せるために奉仕しているのだ。
  
 メカニックが芸術的な次元まで高いレベルに達する時、優れたパフォーマンスは魔法に変わる。シルクにはその瞬間が何度も何度も訪れる。そこにはストーリーや世界観、哲学もこまやかに関わっていて、パフォーマーが感じる重力からの解放感やスリリングな均衡を、よりスムーズに自分の肉体にトレースできてしまう。だがよくよく観察すれば、どれも最後の仕上げはスタッフの手にかかっていることがわかる。シルクの公演を観ていて、柱の近くの席なのに、あるきっかけのためにスタッフが柱を登り、梁で待機していることにまったく気付かないことがあった。それなりに巨体の男性だったのに!

 以前、雑誌シアターガイドの取材で、ままごとや快快、悪魔のしるしなどで活躍する舞台監督の佐藤恵さんが、柔軟性を求められる舞台を多く手がけるからこそ「フローチャートのしっかりした舞台がヒントになり、シルクは毎公演、必ず観に行く」と話してくれたことは、多くのスタッフの貴重なヒントになるはずだ。

 観客にとっても、パフォーマンス、スタッフワーク、エンターテインメント性、哲学を高いレベルで融合させているシルクの舞台を1度体験してほしいと思う。似たサイズの舞台を観ても、なかなか物差しは増えないが、異なるサイズの舞台を1本観ると、確実に新しい物差しが手に入る。大きな物差しの目盛りはどうせ大雑把だろうと偏見を持つ前に、足を運んでもらえたらうれしい。特に『トーテム』は、日本の舞台ファンにも身近なロベール・ルバージュが演出を手がけている。席種や曜日によってチケット代は、大人が6500円から13,500円。ご検討を。

≫公演情報はコチラ

演劇最強論枠+α

演劇最強論枠+αは、『最強論枠』の40劇団以外の公演情報や、枠にとらわれない記事をこちらでご紹介します。